- 新生活35週目 - ペンテコステ(五旬節)
自分の母語で良い知らせ(福音)を聞くのは奇跡だ。しかし心が開いていなければ受け入れることはできない。 - 宇宙に関わる情熱的な研究者に会ったのは23歳の時だったと思う
SSIL設立シンポジウムの中須賀真一氏の基調講演を見た。印象に残ったキーワードは低軌道コンステレーションだ。小さな衛星でやがて落ちても被害は生じないだろうし、安価で進歩のスピードが早い。10年も経てばとんでもなく高機能にバージョンアップしているだろう。改めて何かできることがないか考えてみようと思ったのであった。 - スイミングを諦めてウォーキングで距離を伸ばしている
昨年11月にエピデミック対策で年間200km程度泳いでいたプール通いを諦めた。その後いろいろ模索した結果、最近はウォーキングに取り組んでいる。
- 新生活34週目 - 「天に上げられる」
イエスは復活から40日目に昇天したとされているのだが、なぜずっとこの世に残らなかったのか、その日数にどのような意味があるのかは謎である。イエスの復活後40日間は物理的な身体を有していたとされているので、生きた人間だったようにも見えるし、扉が閉じられている部屋にいきなり現れたりするのでもはや生きた人間にはありえない特徴を有していたのかも知れない。超越的存在を待望し、従いたいという依存心を刺激する。ちょっと怖い気がするが、その時期のイエスをこの目で見たいと思う。実際どうだったのだろうか。生きているイエスとは何かを考えてみた。 - 情報のオーナーシップあるいはIoT
情報化の進展に伴い、昔は交換機とか、(10BaseやUSBに関わらず)物理的なハブが目に見えたが、これからは物理的なハブは見えない。それに慣れられない人が多いから、スマートスピーカーやNestが意味を持つ。賢く現実を見なければいけないと思う。 - 新生活33週目 - 「続:イエスはまことのぶどうの木」
今週も福音のヒントに学ぶ。今日の箇所は「復活節第6主日 (2021/5/ 9 ヨハネ15章9-17節)」。先週の箇所の直後である。福音のヒントは「15章以下はおそらく後から拡大された部分でしょう」としている。私に聖書学の知識はないが、改めて読むとこんなシーンは無かったのではないかと思われてならない。とは言え「わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい」という教えは素直に受け入れてよいだろう。 - 認証プラットホームの将来はまだわからない
Oktaのリリースを読むとIDサービスの唯一の統合事業者になる野心がよく分かる。今後に注目していきたい。 - IBAN discrimination
E-Residency joins campaign against IBAN discriminationという記事を読んでIBAN discriminationという言葉を初めて知った。IBANはISO標準の銀行口座コードで、日本にいると意識することは殆どない。金(カネ)は情報に過ぎない。デジタル化が進めば、情報の流動性は高まるのは必定。個人の視点から見ると選択は広いほうが良いし、権力の視点から見ると自由度が高まればグリップが効かなくなる。どこの国の口座を使うかで差別されてはいけないという時代が到来した。 - スマホだと画面が狭いからデスクトップPCでコンテンツを見たいと思った時
Chromeの「お使いのデバイスに送信」を使ってみた。大変満足した。 - 最後の30年をどう生きるか
まだノマドライフを見てはいないが、「最後の30年をどう生きるか」という問いには、「金に困らない形で嘘をつかずに生きていきたい」と答えたいと思った。ちょっと考えれば、金に困らない状態でなければ正直に生きるのは難しいのだ。結局、俗物の極みなのである。