キリスト教

新生活280週目 - 「山上の説教を始める」

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Mount of Beatitudes, seen from Capernaum
アテンション・エコノミー時代に生きる私たちにとって「身に覚えのないことであらゆる悪口を浴びせられるとき、あなたがたは幸いである」は救いである。真実の声を上げる人を叩く人がいても、神がその人を捨て置くことはない。

新生活279週目 - 「ガリラヤで伝道を始める・四人の漁師を弟子にする・おびただしい病人をいやす」

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St. Peter's Church, Capernaum
「網を捨てて従った」は金のために生きることを捨ててという意味だと私は思っている。大事なことを見つけたら、そこを中心に据えて人生を歩むのが良い

悔い改め

「悔い改め」という単語のギリシャ語のμετανοεῖτε (metanoeite)をコンコルダンスで引くと、意外と出現回数は低い(34件)。悔い改めは、信仰生活の基本とされているのに、それが何を意味するのか実は明確に語られてはいないのである。だからどうだということではないが、気になったのでメモしておく。

新生活278週目 - 「神の小羊」

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Arian Baptistry, Ravenna, 6th-century mosaic
福音のヒントには「ヨハネ福音書はイエスについての多くのエピソードを伝えていますが、それはただの出来事の報告ではありません」という記述がある。しかし、その記述の裏には何らかの史実があるはずだ。あるいは、捏造された歴史である可能性もある

新生活275週目 - 「エジプトに避難する」「エジプトから帰国する」

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Holy Family. Master of the Saint Bartholomew Altarpiece, c. 1500
カトリックでは降誕節第一主日は聖家族の祝日。聖家族をどう捉えるかは易しくない。ヨハネとイエスの間に血縁関係がないだけでなく、マリアとイエスの間にも遺伝子継承がなかったなら、全く血縁関係のない家族ということになる。

新生活274週目 - 「イエス・キリストの誕生」

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Guido Reni: St Joseph with Infant Christ in his Arms
ヨセフは、遵法精神が高い人であったにもかかわらず「眠りから覚めると、主の天使が命じたとおり、(自分の子供ではない子供を妊娠している)妻を迎え入れ、(中略)その子をイエスと名付けた」。こういう決断は正しいか否かによらずできることだ。ありえないことは時として起きる。その時に、真実の道を選ぶことができたら幸いなことだ