キリスト教

新生活300週目 - 「恐るべき者〜イエスの仲間であると言い表す」

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Passer moabiticus  » = Passer moabiticus (死海スズメ)
イエスは保身に走る権力者に厳しかったが、糾弾した人々を見捨ているわけではない。忍耐強く罪を許せと説いている。不適切な行為や高慢は批判するが、短期的な利益(保身)に溺れず、本質的に大事なことに注力せよと説くのだ。現実には、そういった愛のメッセージは権力者にはほとんど届かないが、今もそのメッセージは語り伝えられ人の心に灯りを灯している

田川建三訳著 新約聖書 訳と註 第七巻 ヨハネの黙示録

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田川建三訳著 新約聖書 訳と註 第七巻 ヨハネの黙示録
本著の解説と後書きには「原著者がこの文書を書いた基本の目的は、ローマ帝国支配の批判、それも上っ面の現象の批判ではなく、その世界支配の基本構造、すなわちローマの町を中心として地中海地域全体を支配する資本主義的経済支配の批判である」と書かれている。世の終わりの黙示ではなく、「帝国の貨幣による帝国全体の経済支配」の崩壊、同様に異邦人を排除するユダヤ教宗教支配勢力の破綻もを予言(論理的な予想)を書いた書物ということだ

新生活299週目 - 「群衆に同情する〜十二人を選ぶ〜十二人を派遣する」

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Vincent van Gogh: Harvest at La Crau, with Montmajour in the Background
弟子の派遣で「イスラエルの家の失われた羊のところへ行きなさい」というのは、希望を失ってしまった活力を失っている人々に『天の国は近づいた』という言葉とともに一歩を踏み出すように促すということだろう。一人ひとりの意識が変われば社会も変わっていく。天の国にふさわしいものでいるために一歩を踏み出せば、その人の人生も変わっていく

砧教会再訪 260607

前任牧師、彼をそそのかしたものとその強権に迎合した役員らによって私と私の家族は砧教会での居場所を奪われた。正直言って、復讐したくなる感情はあるが、それより砧教会が公器として自浄作用が機能する福音宣教に貢献できる組織であったら良いと願ってやまない

新生活298週目 - 「イエスは命のパン」

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Cerimônia de canonização do frade brasileiro Frei Galvão celebrada pelo papa Bento XVI no Campo de Marte em São Paulo, Brasil.
聖餐についても、パウロの解釈、ヨハネ伝著者あるいは加筆者の解釈は一致しない。教会(教団)はルールを決めないと維持は困難だが、決めたルールや習慣が罠になることもある。聖書や説教に学びながら自分にとっての道を探っていくしか無い

新生活297週目 - 「イエスとニコデモ」

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Jesus and Nicodemus
少し前の10節の「あなたはイスラエルの教師でありながら、こんなことが分からないのか。」は批判的な言葉と取るより、愛の言葉と取ることもできるだろう。律法学者やパリサイ派をイエスが目の敵にしたように見えるが、イエスはそういうレッテルで人を偏り見ることは避けていたように感じている。

新生活295週目 - 「弟子たちを派遣する」

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The Ascension
「すべての民をわたしの弟子にしなさい」という命令は「諸国民を信徒とせよ」と訳したほうがしっくりくる。日本語は単数と複数の区別が雑なので、英語でnationと約されている言葉を民族と訳せば「すべての民族をわたしの弟子にしなさい」となる。日本国憲法前文ではnationsは諸国民という言葉と対応している。

新生活294週目 - 「聖霊を与える約束」

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Christ Taking Leave of the Apostles
「わたしの掟を受け入れ、それを守る人は、わたしを愛する者である。わたしを愛する人は、わたしの父に愛される。わたしもその人を愛して、その人にわたし自身を現す。」は救いである。ヨハネ伝加筆者は全力でイエスを愛して加筆したのだろう。オリジナル、あるいは正典だけではなく、加筆にも意味がある