キリスト教
新生活280週目 - 「山上の説教を始める」
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アテンション・エコノミー時代に生きる私たちにとって「身に覚えのないことであらゆる悪口を浴びせられるとき、あなたがたは幸いである」は救いである。真実の声を上げる人を叩く人がいても、神がその人を捨て置くことはない。
新生活279週目 - 「ガリラヤで伝道を始める・四人の漁師を弟子にする・おびただしい病人をいやす」
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「網を捨てて従った」は金のために生きることを捨ててという意味だと私は思っている。大事なことを見つけたら、そこを中心に据えて人生を歩むのが良い
田川建三訳著 新約聖書 訳と注 2上 ルカ福音書
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ルカは、「はじめから、すべてを」書いたが、正確に書くことには失敗したと私も思う。しかし、だから無駄ということではない。下巻の使徒行伝にも期待したい。
悔い改め
「悔い改め」という単語のギリシャ語のμετανοεῖτε (metanoeite)をコンコルダンスで引くと、意外と出現回数は低い(34件)。悔い改めは、信仰生活の基本とされているのに、それが何を意味するのか実は明確に語られてはいないのである。だからどうだということではないが、気になったのでメモしておく。
新生活278週目 - 「神の小羊」
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福音のヒントには「ヨハネ福音書はイエスについての多くのエピソードを伝えていますが、それはただの出来事の報告ではありません」という記述がある。しかし、その記述の裏には何らかの史実があるはずだ。あるいは、捏造された歴史である可能性もある
新生活275週目 - 「エジプトに避難する」「エジプトから帰国する」
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カトリックでは降誕節第一主日は聖家族の祝日。聖家族をどう捉えるかは易しくない。ヨハネとイエスの間に血縁関係がないだけでなく、マリアとイエスの間にも遺伝子継承がなかったなら、全く血縁関係のない家族ということになる。