キリスト教

新生活299週目 - 「群衆に同情する〜十二人を選ぶ〜十二人を派遣する」

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Vincent van Gogh: Harvest at La Crau, with Montmajour in the Background
弟子の派遣で「イスラエルの家の失われた羊のところへ行きなさい」というのは、希望を失ってしまった活力を失っている人々に『天の国は近づいた』という言葉とともに一歩を踏み出すように促すということだろう。一人ひとりの意識が変われば社会も変わっていく。天の国にふさわしいものでいるために一歩を踏み出せば、その人の人生も変わっていく

砧教会再訪 260607

前任牧師、彼をそそのかしたものとその強権に迎合した役員らによって私と私の家族は砧教会での居場所を奪われた。正直言って、復讐したくなる感情はあるが、それより砧教会が公器として自浄作用が機能する福音宣教に貢献できる組織であったら良いと願ってやまない

新生活298週目 - 「イエスは命のパン」

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Cerimônia de canonização do frade brasileiro Frei Galvão celebrada pelo papa Bento XVI no Campo de Marte em São Paulo, Brasil.
聖餐についても、パウロの解釈、ヨハネ伝著者あるいは加筆者の解釈は一致しない。教会(教団)はルールを決めないと維持は困難だが、決めたルールや習慣が罠になることもある。聖書や説教に学びながら自分にとっての道を探っていくしか無い

新生活297週目 - 「イエスとニコデモ」

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Jesus and Nicodemus
少し前の10節の「あなたはイスラエルの教師でありながら、こんなことが分からないのか。」は批判的な言葉と取るより、愛の言葉と取ることもできるだろう。律法学者やパリサイ派をイエスが目の敵にしたように見えるが、イエスはそういうレッテルで人を偏り見ることは避けていたように感じている。

新生活295週目 - 「弟子たちを派遣する」

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The Ascension
「すべての民をわたしの弟子にしなさい」という命令は「諸国民を信徒とせよ」と訳したほうがしっくりくる。日本語は単数と複数の区別が雑なので、英語でnationと約されている言葉を民族と訳せば「すべての民族をわたしの弟子にしなさい」となる。日本国憲法前文ではnationsは諸国民という言葉と対応している。

新生活294週目 - 「聖霊を与える約束」

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Christ Taking Leave of the Apostles
「わたしの掟を受け入れ、それを守る人は、わたしを愛する者である。わたしを愛する人は、わたしの父に愛される。わたしもその人を愛して、その人にわたし自身を現す。」は救いである。ヨハネ伝加筆者は全力でイエスを愛して加筆したのだろう。オリジナル、あるいは正典だけではなく、加筆にも意味がある

新生活292週目 - 「「羊の囲い」のたとえ〜イエスは良い羊飼い」

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The Good Shepherd, Callixitus Catacomb.
「わたしが来たのは、羊が命を受けるため、しかも豊かに受けるためである」は、ある意味強烈なメッセージで、誤って盗人に従ってしまっている状況から、救い出すという意味とも取れる。つまり、この世の人権を認めない権力者に従うことなく愛の世界に生きよということだ。