新生活299週目 - 「群衆に同情する〜十二人を選ぶ〜十二人を派遣する」 画像 弟子の派遣で「イスラエルの家の失われた羊のところへ行きなさい」というのは、希望を失ってしまった活力を失っている人々に『天の国は近づいた』という言葉とともに一歩を踏み出すように促すということだろう。一人ひとりの意識が変われば社会も変わっていく。天の国にふさわしいものでいるために一歩を踏み出せば、その人の人生も変わっていく タグ キリスト教 新生活299週目 - 「群衆に同情する〜十二人を選ぶ〜十二人を派遣する」 の続きを見る
砧教会再訪 260607 前任牧師、彼をそそのかしたものとその強権に迎合した役員らによって私と私の家族は砧教会での居場所を奪われた。正直言って、復讐したくなる感情はあるが、それより砧教会が公器として自浄作用が機能する福音宣教に貢献できる組織であったら良いと願ってやまない タグ キリスト教 砧教会再訪 260607 の続きを見る
新生活298週目 - 「イエスは命のパン」 画像 聖餐についても、パウロの解釈、ヨハネ伝著者あるいは加筆者の解釈は一致しない。教会(教団)はルールを決めないと維持は困難だが、決めたルールや習慣が罠になることもある。聖書や説教に学びながら自分にとっての道を探っていくしか無い タグ キリスト教 新生活298週目 - 「イエスは命のパン」 の続きを見る
新生活297週目 - 「イエスとニコデモ」 画像 少し前の10節の「あなたはイスラエルの教師でありながら、こんなことが分からないのか。」は批判的な言葉と取るより、愛の言葉と取ることもできるだろう。律法学者やパリサイ派をイエスが目の敵にしたように見えるが、イエスはそういうレッテルで人を偏り見ることは避けていたように感じている。 タグ キリスト教 新生活297週目 - 「イエスとニコデモ」 の続きを見る
田川建三訳著 新約聖書 訳と註 第六巻 公同書簡/ヘブライ書 画像 本書は最初のヤコブ書と最後のヘブライ書の訳、註、解説が興味深い タグ 読書記録 キリスト教 田川建三訳著 新約聖書 訳と註 第六巻 公同書簡/ヘブライ書 の続きを見る
新生活296週目 - ペンテコステ「イエス、弟子たちに現れる」 画像 信徒は、ペンテコステを記念して自分の信仰の原点と自分に固有な使命について思いを致す日とするのが良いだろう タグ キリスト教 新生活296週目 - ペンテコステ「イエス、弟子たちに現れる」 の続きを見る
新生活295週目 - 「弟子たちを派遣する」 画像 「すべての民をわたしの弟子にしなさい」という命令は「諸国民を信徒とせよ」と訳したほうがしっくりくる。日本語は単数と複数の区別が雑なので、英語でnationと約されている言葉を民族と訳せば「すべての民族をわたしの弟子にしなさい」となる。日本国憲法前文ではnationsは諸国民という言葉と対応している。 タグ キリスト教 新生活295週目 - 「弟子たちを派遣する」 の続きを見る
新生活294週目 - 「聖霊を与える約束」 画像 「わたしの掟を受け入れ、それを守る人は、わたしを愛する者である。わたしを愛する人は、わたしの父に愛される。わたしもその人を愛して、その人にわたし自身を現す。」は救いである。ヨハネ伝加筆者は全力でイエスを愛して加筆したのだろう。オリジナル、あるいは正典だけではなく、加筆にも意味がある タグ キリスト教 新生活294週目 - 「聖霊を与える約束」 の続きを見る
新生活293週目 - 「イエスは父に至る道」 画像 イエスにとって、最後の晩餐は何を意味していたのだろうか。もうひとつの生涯は終わりが見えている。最後に伝えたのは「わたしが行う業を行いなさい」という単純なメッセージだけだったのではないだろうか。 タグ キリスト教 新生活293週目 - 「イエスは父に至る道」 の続きを見る
新生活292週目 - 「「羊の囲い」のたとえ〜イエスは良い羊飼い」 画像 「わたしが来たのは、羊が命を受けるため、しかも豊かに受けるためである」は、ある意味強烈なメッセージで、誤って盗人に従ってしまっている状況から、救い出すという意味とも取れる。つまり、この世の人権を認めない権力者に従うことなく愛の世界に生きよということだ。 タグ キリスト教 新生活292週目 - 「「羊の囲い」のたとえ〜イエスは良い羊飼い」 の続きを見る