キリスト教

新生活132週目 - 「ピラトから尋問される〜死刑の判決を受ける〜兵士から侮辱される〜十字架につけられる〜イエスの死」

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Christ in front of Pilate
イエスはなぜ自分を救う選択をしなかったのか。それは神が許さなかったのだろうか。もし、自分を救う力をもっていたとしたら驚異的な忍耐力だ。しかし、宗教的な視点で見れば、彼が人間として死ぬことで時代は変わった。

新生活131週目 - 「ラザロの死〜イエスは復活と命〜イエス、涙を流す〜イエス、ラザロを生き返らせる」

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Tomb of Saint Lazarus in Bethany
「ラザロの復活」として記憶したヨハネ伝だけに記されている物語。イエスの復活と区別するために「ラザロの蘇生」と標記する記述もある。新共同訳の見出しでは「イエス、ラザロを生き返らせる」となっている。ヨハネ伝らしい箇所の一つで、今の私には違和感が強い箇所でもある。

新生活130週目 - 「生まれつきの盲人をいやす」

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La_curacion_del_ciego_El_Greco_Dresde
自分の「欠け」を認められなくなって共に歩もうとするものを排除すれば「今、『見える』とあなたたちは言っている。だから、あなたたちの罪は残る」という言葉に直面することになる。事実を無かったことにしても事実は無くならない。そして、罪が残る。

砧教会の会堂礼拝参加は連続4週目

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礼拝前、当初は、金井美彦氏は文書の配布をやめてくれと言い、くり返し求めると受け取り、やはり返却すると言った。返却は受け取らないと言い、受け取っても読まないがそれでも良いかと問われたので、それで良いから受け取れと求めた。礼拝後、金井美彦氏は受け取った文書を受付に置いて公開すると会衆に宣言した。その判断は立派だと思う。決して彼は腐りきっているわけではない。

久しぶりに砧教会の会堂礼拝に参加した

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リアル会堂礼拝にはオンラインで得られない体験が確かにある。集まっているという感覚があり、共にいるという喜びはある。牧師と対立関係にあっても、自分に嘘をつくことはできないし、逆に自分の誠実性に自信を持っているので、堂々と出席した。場を緊張させるのは申し訳ないと思うが、真実をごまかすわけにはいかない。