正義をそそのかすもの

hagi2020/02/16(日) - 17:13 に投稿

ヘブライ語の普通名詞のサタンは「道をふさぐもの」だと書かれている。あるいは訴える者という意味があるらしい。今日、ふと、サタンとは正義を説くものではないかと思い当たった。もう少し言い換えると正義をそそのかすものと思ったのだ。

心の内面は分からないが、相模原障害者施設殺傷事件の被告はあの殺人は有意義だったと主張している。本当に内面は外からは分からないが、彼は本心から正義の行為と考えているらしい。信じ難いが、彼にとっては同じ人間とはどうしても思えないと今でも考えているようなのだ。

一方、中には被害者が殺害されたことで、その家族が楽になったと考え、内心で良かったと思っている人もいると思う。障がい者に限らず介護は過酷となるケースは少なくないから、誰かがお亡くなりになった時に、その死がご家族のためにある意味で良かったと思うことは私にもある。そういう意味では、彼の正義は、その思いの延長線に位置づけることができると思う。

正義は恐ろしいものだ。本当に正しい事が何かは別にして、誤った正義が心に入ってしまうと、道を誤ってしまう。そして何が正しいかは、実は誰にもわからないのだ。

エストニアのOnce onlyポリシーはぜひ見習うべきだと思う

hagi2020/02/12(水) - 09:58 に投稿

今日、Twitterでエストニアで住所変更した経験を書いた記事を見た。

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ホテルとコワーキング

hagi2020/02/11(火) - 09:06 に投稿

Wojoというコワーキングのブランドが野心的だという記事をSocialworkplace.comが掲載している。

Airbnbの台頭、Booking.comの隆盛で、特に欧州では私はブランドホテルに泊まることはほとんどなくなった。安くて、安全であれば狭くても良いが、ネットワークはきちんと機能してくれないと困るし、自室内である必要は無いが、執務が可能な場所は不可欠である。機能的なラウンジがあって、カフェ、バー併設であればとても具合が良い。Wojo Spotsは、月額約1,200円の会費を払えば、場所によっては無料、有料なケースで半日1,500円弱でドロップイン利用ができるサービスだ。現在はフランスでのサービスで、パリ市内ならホテル併設等で無数にポイントがある。これが欧州全域に広がればインパクトは大きいだろう。

テレワークとサードワークプレース、そしてABW

hagi2020/02/05(水) - 15:06 に投稿

営業所等拠点オフィスの意義を考えていると改めてABWの事を考えさせられる。

私が最初にRegusを知ったのは、インドの会社が日本の拠点として利用していたからだった事をふと思い出した。そのビルに行ったら、会社名が出ていなくて不審に思いつつ、指定されたフロアに行ったら、Regusがあった。その中の小さな部屋が、そのインドの会社の日本拠点だった。シェアオフィスを意識するようになったのは、ずっと後だ。

確かに、海外にオフィスを出そうと思ったらRegusのようなサービスは非常に便利だ。ネットも電源も様々なサービスも準備されているから、身一つで行ってもすぐに開所できる。ただ、それが国内拠点でも使えるという想像には即座には結びつかなかった。会社は事務所を自分で借りて整備するものと思い込んでいたからだ。自分にかかった呪い(呪縛)は中々解けないのだ。

いくら安くても事務所を借りれば結構なお金もかかるし、整備も大変、掃除や衛生管理など本来やらなければならないことは多い。中には、事業が縮小モードになって、かつて何人も要員がいた営業所に1人しかいないという事態になるケースもある。維持費も負担になるので、在宅テレワークに切り替えている事例も耳にする。

アクイア認定サイトビルダー – Drupal 8 Completed

hagi2020/01/18(土) - 20:48 に投稿

昨年から始まったDrupalの認定試験に合格した。

Acquiaアクイア)はアメリカのベンチャービジネスで、Drupalの創始者が創った会社である。その日本法人ができて、国内でもDrupal関連の認定試験を始めて、日本でもまずは500人の認定技術者を出したいと、今、強力にプロモーションしている。私も、内外のDrupal界隈では、多少は知られているので、お声がけをいただいた。正直、自信があったわけではないが、当日の試験前に試験項目の内容を4時間ほどかけておさらいをして、試験に臨んだ。「アクイア認定サイトビルダー – Drupal 8」は、いわゆる初級試験だから、取得して威張れるようなものではない。しかし、Drupalは巨大なソフトで、プロとしてDrupalを利用していても、使う機能は部分的だから、すごい人でも初級試験に落ちる危険はある。50問(選択式のPC試験)75分で、8分野からなる。以下は、結果込みのリストだ。

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才能とはどういうものなのだろうか

hagi2020/01/14(火) - 19:15 に投稿

60歳2日目。久しぶりの友人(先輩)と意見交換の時間を持ち、ブロックチェーンや暗号の話などで3時間を過ごした。

彼は、キーパーソンに会いに行ける力を持つ人で、技術を深く理解しているとは言えないが、技術を知る人との関係も築ける才能がある。私には私の長所があり、それぞれ自分ひとりで何かを成し遂げることが容易にできるわけではない。

ブロックチェーンをやっている人は技術しか見ていないと彼には見えているようだが、同時にブロックチェーンの技術をもっている人が自分に欠けている点があることを知っているのも理解していて、良い関係を築けているように見える。

一人で全部できる人もいるかも知れないが、大抵は、何人かの人が異なる能力を補完し合うことで何かをなすことができる。腕っぷしや詐欺師的な能力で何かをなす人もいる。それも才能だと思う。人のやる気を引き出す能力は詐欺と紙一重で、引き出された人は本当に幸せな気分になって頑張れることがある。良いことか悪いことかより、充実感があるかどうかの方がその瞬間では意味を持つ。

色々な考えの人がいて、意見など一致が得られるという希望的観測は幻想に過ぎない。しかし、一致が得られそうだと思えば、力が出るのはある程度普遍的事実と考えてよいだろう。

ちょっと高齢化率を調べたら予想を超えていた

hagi2020/01/08(水) - 21:26 に投稿

ふと機会があって高齢化率を調べようと思って、OECDのデータベースを引いたらびっくりした。

少し古いが2014年で既に4分の1。私は、安全保障を議論にするのは間違っていると思うが、決めるのは主権者だ。

地元以外に住むサラリーマンの退職は移住と同じ意味を持つ

hagi2019/12/31(火) - 01:08 に投稿

2019年も大晦日となった。

先日塩尻で懇親会の席で、ふと「サラリーマンの退職は移住と同じだ」と発言したのが、自分の頭から離れない。

2013年の3月に前職を辞し、創業してからまもなく7年になる。思い返すも恥ずかしいことばかりだが、5年目位から少し変わってきたと思うことがある。それは、ほんの少しだけれど地元の人になったという手ごたえが感じられることだ。

私は、父が転勤族だったこともあり、地元が存在しない。小学校の時も転校した。小学生でも、その地に根を下ろした家の子とは何かが違うのは感じていた。中学の時は寮のある私立の学校に進学したので、地域に根差した関係はそこでも得られない。就職してしばらくして、小さなアパートで一人住まいをするようになって、近くの商店街で食事をするようになって漸く街の顔なじみができるようになったが、それはお店と客の関係を出ることは無い。

結婚して、引っ越して、30代でマンションを買って、この地に移り住んでもう20年以上になる。しかし、サラリーマン時代(雇われ役員時代を含む)は、本当に多忙で朝は早くに家を出て通勤、帰宅は深夜が普通だった。だから、近隣に、知り合いなどできはしない。別に、必要とも思わなかった。今でも、無くてはならないとは強くは思わない。

ワルシャワには戦争の気配がまだ残っているように思う

hagi2019/12/30(月) - 23:32 に投稿

最近、この写真を自宅のWindowsの背景画面にしている。

ヨーロッパの国に行くとしばしば感じるのだが、大きな川の向こうとこちらでは景色ががらっと変わることがある。ヴィスワ川はポーランド・ソビエト戦争の地であり、ワルシャワを南北に流れている。東側はソビエト、西側はポーランド。そのような象徴的なケースだけでなく、川は境となる。

欧州には、様々な民族がいて、言葉も多様。言い換えれば、すぐ近くに住む人たちの間で会話が成立しない社会である。最近、関わりのあるバルト三国もそれぞれ小国で、言語系が異なり、バルト三国間では相互に会話が成立しない。英語かロシア語を使って会話するしかない。ベルギーも広くは無い国の中で複数の言葉が話されていて、違う言葉を話す同胞の間には一定の緊張感がある。関西弁と東京の言葉の差のようなレベルではない。

一方で、語系まで異なる言葉の統一などできるはずもなく、平和に暮らすためには多様性を許容しないわけにはいかない。欧州の人達の成熟感は、ある種のあきらめを含めた多様性容認の姿勢に根差すもののように思う。アメリカも特にニューヨークでは多様性の高い社会だが、英語を話すという言葉の標準化はかなり徹底されているので、欧州より多様性の許容度は低いように感じる。もちろん、異論はあるだろうが、私にはそう感じられるのだ。