新生活317週目 - 「皇帝への税金」 画像 「神のものは神に」は勝手気ままで良いという意味ではない。神の目に耐える存在であれということで、イエスは律法を否定しているわけではない。律法の本質に従えと説いている。党派に従うのではなく律法の本質に従うべきだろう タグ キリスト教 新生活317週目 - 「皇帝への税金」 の続きを見る
DrupalサイトサーバーをUbuntu 24.04から26.04へ 画像 入れ替え作業を無事終了。この記事の執筆を含めて約12時間 タグ ICT Drupal DrupalサイトサーバーをUbuntu 24.04から26.04へ の続きを見る
新生活316週目 - 『「婚宴」のたとえ』 画像 3年前も「私にはどうもピンとこない記事だ」と書いていたが、今もしっくりこない タグ キリスト教 新生活316週目 - 『「婚宴」のたとえ』 の続きを見る
新生活315週目 - 『「ぶどう園と農夫」のたとえ』 画像 マタイ伝もルカ伝もどちらかと言うと正義は我にありといったトーンが感じられる。一歩踏みとどまって「神の国はあなたたちから取り上げられ、それにふさわしい実を結ぶ民族に与えられる」とはイエスは言わなかったのではないかと、考えてみるのも有用なのではないだろうか タグ キリスト教 新生活315週目 - 『「ぶどう園と農夫」のたとえ』 の続きを見る
カーボンプライシングの経済分析 画像 全球レベルで問題解決しなければならない場合は、個々の国家が政策を自己決定しても機能しない。それでも行動しないわけにはいかないから、各国の研究者が論文を発表して、何が起きているのか、どういう仮説があるのか、その仮説の合理性や効用に対して、科学的な判断資料を提供して、より合理的な判断につながるように頑張っているのがよく分かった タグ 政治 読書記録 カーボンプライシングの経済分析 の続きを見る
我らの日用の糧を今日も与えたまえ。 昔から、主の祈りの「我ら」が何を意味するのかが気になっている。いろいろな解釈があることも知っているが、世が荒れている時こそ熟考が必要だろう タグ キリスト教 我らの日用の糧を今日も与えたまえ。 の続きを見る
新生活314週目 - 『「二人の息子」のたとえ』 画像 第二朗読の「何事も利己心や虚栄心からするのではなく、へりくだって、互いに相手を自分よりも優れた者と考え、めいめい自分のことだけでなく、他人のことにも注意を払いなさい。互いにこのことを心がけなさい。」は、人権の原点と捉えることができる。聖書朗読の個所は自分ファーストの考えに堕ちても悔い改めて本来の道へ戻ったほうが結果的に得になると読むこともできるだろう タグ キリスト教 新生活314週目 - 『「二人の息子」のたとえ』 の続きを見る