気がつけないこと

hagi2020/08/09(日) - 23:28 に投稿

コロナが深刻化する前、4/3までほとんど毎日行っていたバーがある。

閉鎖が決まった日の翌日だったか、つい思いついて、開封したワインを譲ってもらおうと店を訪問してしまった。自分としては、良かれと思って申し出たのだが、今振り返ればどれだけ失礼な事をしたのかわからないわけではない。本当に配慮が足りないのだ。

もう1ヶ月以上経つのだが、その店には一度だけ訪問したことがある。臆病者の私は店の外でいつものようにワインをいただいたのだが、グラスを返そうと思って店に入った時に、常連の人に歓迎してもらえたことを忘れることはできない。

私は、元の日常がそのとおりに戻ったらどれだけ良いだろうかと思うが、元通りに戻ることはないと思っている。自分が何をすればよいのか分かっているわけではない。

それでも、自分が良いと思うことをする以外に何もできることはない。

腹を立ててはならない

hagi2020/08/08(土) - 21:18 に投稿

マタイによる福音書の5章に以下のような節がある。

5:21 「あなたがたも聞いているとおり、昔の人は『殺すな。人を殺した者は裁きを受ける』と命じられている。5:22 しかし、わたしは言っておく。兄弟に腹を立てる者はだれでも裁きを受ける。兄弟に『ばか』と言う者は、最高法院に引き渡され、『愚か者』と言う者は、火の地獄に投げ込まれる。5:23 だから、あなたが祭壇に供え物を献げようとし、兄弟が自分に反感を持っているのをそこで思い出したなら、5:24 その供え物を祭壇の前に置き、まず行って兄弟と仲直りをし、それから帰って来て、供え物を献げなさい。5:25 あなたを訴える人と一緒に道を行く場合、途中で早く和解しなさい。さもないと、その人はあなたを裁判官に引き渡し、裁判官は下役に引き渡し、あなたは牢に投げ込まれるにちがいない。5:26 はっきり言っておく。最後の一クァドランスを返すまで、決してそこから出ることはできない。」

「あなたを訴える人と一緒に道を行く場合、途中で早く和解しなさい」と書いてある。このテキストをこれまで「あなた」の側で読んだことしかなかった。しかし、この一連の節を「訴える人」の立場から読んだらどうなるだろうか。

DrupalのGroupモジュールに高い可能性を感じているが、権限のモデリングは非常に難しい

hagi2020/08/06(木) - 10:37 に投稿

私はGroupモジュールに魅力を感じてる。CMSの地平を変えるものだとすら思う。ただ、まだ端緒にあって今後モデルそのものが変遷していって恐らく最終的にはCoreに入ることになるだろうと思っている。

Webページの管理にCMSを利用するのはかなり常識化した。そして、複数ユーザーのBlogサイト等の構築では、執筆者とコンテンツを結びつけて考えなければいけないので、ユーザー管理が行われるようになった。さらに、内容の適切性をチェックする必要があるケースに対応して「草稿執筆→編集者承認による公開」といったワークフローも利用されるようになっている。さらに、チーム内だけに限定公開したいというニーズも生まれ、一人の執筆者が複数のチームに属するとか、ニーズはどんどん拡大する。

Drupalは編集ワークフローに関しては、CoreにContent Moderationモジュールを組み込み、標準ワークフローを提供している。状態管理という観点では優れた機能を提供しており、私も複数の案件で実用している。すごく捨象すれば、このモジュールを上手に使えば、非公開と公開のワークフロー管理は可能になる。

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教会のホームページが役員会決議に基づいて閉鎖され、コンタクトアドレスのGoogleアカウントも指示に従って閉鎖した

hagi2020/08/03(月) - 00:06 に投稿

6月7日の事件に起因して、教会のホームページが閉鎖になった。そして、そのドメインのメールアドレス(Googleアカウント)も閉鎖となった。全て、機関決定に基づいて私が行ったことだ。

私は、自分が正しいと思うことを隠していることがとても不得意だ。その結果、孤立して飢えて死ぬのではないかと恐れている。しかし、それでも隠していることは難しいのだ。

後は、時間が証明してくれるだろう。何とか生き残ろうとは思う。そして、引き続き不義と思うこととは戦う。

本来は政府と戦わねばならいないと思っているのだが、もっとも身近な賛同者と思っていた牧師と決裂してしまった。未熟である。

ホテルとオフィス、あるいはコワーキングスペースの垣根はなくなるかも知れない

hagi2020/08/02(日) - 12:28 に投稿

不動産大手のCushman & Wakefieldが最強のホテルは再起のために戦略的な動きを行っている(THE STRONGEST HOTELS ARE STRATEGIZING FOR A SUCCESSFUL COMEBACK)という記事を書き、その中でアムステルダムのZOKUの動きを紹介している。ZOKUはコワーキングの発展形として紹介されることの多い、コワーキングスペース併設の滞在型ホテルで、私も宿泊したことはないが、複数回訪問している。アムステルダムは、ある意味で欧州のニューヨークというイメージがある。様々な国の人が登ってきて、そこで新たな人生を築き始める場所だ。ゲイが堂々と歩いていたり、公営の売春が行われていたり、麻薬規制がゆるいなど、自由が守られる印象が強い。

決めたルールをやぶると言うこと

hagi2020/07/28(火) - 01:10 に投稿

聖書には、『わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない』(マタイによる福音書12.7)という教えがあって、決まっているルールをただ守っているだけでは意味がないと説かれている。その前の1節に「ある安息日にイエスは麦畑を通られた。弟子たちは空腹になったので、麦の穂を摘んで食べ始めた。」という事実が書かれており、その事実を追求する律法学者に答えて、イエスが答えたのが「(その)言葉の意味を知っていれば、あなたたちは罪もない人たちをとがめなかったであろう」という返答である。

私は、すぐ律法学者のように些細な事を糾弾する。人間的にも敵を作ることになるし、心を乱すことでつまづきの石となりかねない。長年、悩んできたし、なぜそういう人になってしまったのか、なぜ自分は自分を止めることができないのかと思い悩んできた。

私は、改めてこの箇所を別の角度から見る。イエスは弟子たちが法を犯しているのは承知していただろう。そして、弟子たちも、安息日のことは知っていなかったはずはなく、イエスといることで恐らくこの世的に言えば緩んでいたのだろう。

さて、この良い話に水を指すようだが、じゃあ簡単に法を破ってよいのかと言えば、イエスもそうは言っていない。

Chrome リモート デスクトップを試してみた

hagi2020/07/23(木) - 22:39 に投稿

Thinクライアントソリューションといえば20年以上前のMetaframeを想起させる。しかし、今は、Chrome リモート デスクトップ使えば、無料でPCを遠隔操作できる。PCがプライベートネットワークに属してパブリックIPアドレスが振られていなくても接続できる。しかも、MACのデスクトップをWindows PCから遠隔操作もできるし、Windows PCをMBPでも操作可能である。仮想PCをクラウド上で持てば、物理的なPCはいらなくなるかも知れない。

セットアップにかかる時間は10分もかからない。Streamingなど限界はあるが、ビジネスアプリを使う分には特に問題は感じない。

無観客試合、オンライン配信、Withコロナは物事の本質を問う

hagi2020/07/19(日) - 11:56 に投稿

Withコロナは物事の本質を問うと思う。スポーツあるいは興行としてのスポーツイベントの本質は何か、音楽あるいは興行としての音楽イベントの本質は何かが問われることになる。コワーキングのオンライン化も模索されたり、リモートワークが強いられると仕事あるいは執務の本質は何かが問われることになった。

ビジネスという観点に立てば、客がいて、商品・サービスの提供者が存在するだけだ。スポーツイベントを見たい、音楽イベントに行きたいという需要があって、供給があれば成立する。しかし、新型コロナによって人が集まることのリスクが明らかになって、イベントが実施できなくなった。需要があるのに、供給ができなくなった。ビジネスとしては死刑宣告が下ったのである。

ビジネスが死ぬと、商品・サービス提供者側には金が入ってこなくなる。選手にも、イベントの興行に関わる仕事をしている人にも金が回らない。では、提供者はどうすれば良いのか?一番、単純な方法は、リスクを承知で従来のビジネスを回そうとすることだろう。程度の差はあれ、リスク対策を考えない人はいない。リスクなくうまく行ける方法が見つけられるなら、それに越したことはない。駄目なら商売替えを模索することになる。

COVID-19とサードワークプレース

hagi2020/07/18(土) - 20:15 に投稿

(ベルリンの2020年5月のSt. Oberholz - deskmagの記事から引用)

内定している今年の研究テーマ。変わるかも知れないが、私自身は日々考え続けているテーマである。

私自身は、約4ヶ月コワーキングスペースに行っていない。東京のコワーキングスペースは閉鎖すべきとSNSで投稿して非難を浴びて削除した。私の意見は今でも変わっていないが、個々のコワーキングスペースが営業するか否かは、その経営者が自分で判断すべきだと思っている。約1ヶ月前にコワーキングスペース協会のページで、「コワーキングスペースにおける新型コロナウイルス感染症感染拡大予防ガイドライン」が公開された。

最初の部分で、

紙媒体の今後

hagi2020/07/18(土) - 00:01 に投稿

もう永らく言い尽くされて来た話題だが、COVID-19は改めて紙媒体の終わりをつきつけている。ついに印鑑を捨てろと迫り、契約「書」という紙を捨てろと主張する。私は、電子署名への移行は不可避だと考えているが、今提案されている多くの電子署名ソリューションはまがい物だと思っていて、長期持続性は感じない。一番のポイントは、リアルな社会の真似をデジタルでやろうとしているところにある。移行するなら、もう一度署名の本質を見直さなければ駄目だ。

一方で、紙媒体はリアルだから、そこに置いてあれば存在に気づく。Webを含むデジタル空間では、一度その情報を離れれば、よほどのことがない限り時間が経過してから再びその情報に接することはない。デジタル情報はそのままでは存在が希薄で、決してリアルな存在に勝てない。

私は、ほとんど本を買わなくなったが、今でも海外に飛ぶ時は、旅行ガイドは地球の歩き方をほぼ間違いなく買うし、もう新しいものは期待できないが、TRANSITは保存したりしている。今の若者には理解できない行動かもしれない。編集者や執筆者の思いに接する機会は、その人を知らなくても想像力を掻き立てる。自分の頭で考える意思が活性化されるのである。