キリスト教とソーシャルワーク

hagi2018/05/16(水) - 17:07 に投稿

砧教会祈祷会2018年5月16日奨励原稿

聖書:マルコによる福音書12章31節 第二の掟は、これである。『隣人を自分のように愛しなさい。』この二つにまさる掟はほかにない。

ソーシャルワークの定義The International Association of Schools of Social Work (IASSW)から引用):ソーシャルワークは、社会変革と社会開発、社会的結束、および人々のエンパワメントと 解放を促進する、実践に基づいた専門職であり学問である。社会正義、人権、集団的責任、 および多様性尊重の諸原理は、ソーシャルワークの中核をなす。ソーシャルワークの理論、 社会科学、人文学、および地域・民族固有の知を基盤として、ソーシャルワークは、生活 課題に取り組みウェルビーイングを高めるよう、人々やさまざまな構造に働きかける。

MediacurrentのDrupalのモジュール紹介

hagi2018/05/11(金) - 11:30 に投稿

DrupalCon 2018のフォローアップ記事で、Mediacurrentが30項目、38本のモジュールを紹介している。私が使っているものも知らなかったものも含まれていて興味深かったので触れてみた。なお、日本語の内容は訳ではないので、委細は原文にあたっていただきたい。

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テレワーク、リモートワーク、デジタルノマド

hagi2018/05/08(火) - 08:06 に投稿

米国の1 Million for Work Flexibilityという団体が、Remote Work or Telecommute: What’s the Differenceという記事を昨年7月に発表した。邦訳すれば、「リモートワークとテレワークはどう違うのか?」とするのが適当だろう。Telecommuteは在宅勤務と訳すのが一般的だが、コワーキングスペース等の台頭で、Work from homeを在宅勤務と訳し、Telecommuteをオフィスへの通勤距離以内での在宅勤務やコワーキングスペースの勤務とより緩い基準で考えるのが適当になってきたとしている。一方、リモートワークは、通勤圏外に住んで働く働き方と位置付けている。この記事には無いが、さらに一所に留まらずに移動しながら働く働き方をデジタルノマドと言えば良いのだろう。

米国の多様性と欧州の多様性、そして…

hagi2018/04/30(月) - 14:01 に投稿

GCUCのアンカンファレンスで多様性の議論があった。

アメリカには内なる多様性がある事に気がつかされた。アメリカは一つの国なのだが、移民の国だからすぐそばにいろいろな人が存在する。その結果、様々な法的な規制があって、基本的にはその人がどんな属性を持っているかで差別してはいけない仕組みがたくさんできている。

欧州の場合は、どちらかと言えば越境者に対する差別が問題となる。米国の場合はもはや戻る国が無い人が多いのに対して、どこか戻る国がある事が前提になっている感じがする。同時に欧州市民という制度があって域内の居住の自由、就労の自由が保証されている。LGBTの話では、オランダが進んでいるという印象があるが、ブランド化してEU域内から住みやすさを求めて移住してくる人を引き寄せている感じがする。

今年のGCUCは一味違った

hagi2018/04/24(火) - 07:13 に投稿

GCUCの本セッションが本日2018年4月23日より開催されている。

GCUC創始者のLizは冒頭の挨拶で最も大事なリソースは時間ではない、健康であると言い切った。最初の講演こそCarstenさん定番のGlobal Coworking Survayからの発表だったが、次のセッションがHEALTH IS THE NEW BLACK。このBlackは黒字源と訳して良いと思う。Lizが言っている健康はWellnessで「身体的、精神的、そして社会的に健康で安心な状態」を指す。身体的な健康だけではなく、精神的かつ社会的健康で安心な状態という意味を込めていて、今日のカンファレンスのテーマはほぼ全てそのメッセージを受けた発表になっている。私が出始めてからのGCUCでテーマを明確にした回は初めてで、どう見ても異例である。Lizは恐らくかなり意識的に流れを変えようとしているように見える。

幻想のコミュニティ

hagi2018/04/21(土) - 22:17 に投稿

何かをやろうと思うと、ある程度のサイズになれば一人では実現することはできない。

ところが、想いが完全に一致することなど見た事がないし、経験した事もない。それでも、一緒に何かをやっていてがんばれる気持ちになる人はいるし、どれだけ努力しても直近ではどうにもならない人もいる。なぜ、一緒に歩み続けることができるのか、その人ともう一人の人はどこが違うのか。

ふと、故ベネディクト・アンダーソンの『想像の共同体』を思い出した。国を発見してしまうという孤独。プロジェクトだってスケールは違うが、人はどうしても居場所を求めてしまうのだろう。その居場所を見つけさせる事で操れる可能性があり、その人自身が餌に吊り上げられているだけなのかも知れない。自分が当たり前だと思っている事が、立場が変わると全く当たり前の事で無かった事に気付く事がある。

コミュニティは恐らく全て幻想なのだろう。しかし、幻想だから無意味という事ではないし、明らかに人を救う力があり、人を惑わす力がある。

Drupal core - Highly critical - Remote Code Execution - SA-CORE-2018-002

hagi2018/04/21(土) - 17:27 に投稿

3月に予告が出て、4月にその攻略手段が公開されたDrupalのセキュリティホール。当初のアナウンスが4月11日以降の危険度が24/25とほとんど絶望的な値になった。私は、自分が関わるサイトを3月29日に速攻でアップデートしたが、2週間後に問題点の解説がセキュリティソフトウェアの会社から紹介されると一気に自動攻撃のソフトが作成され、絨毯爆撃的に攻撃されるようになった。

実際、放置しておけば、確実にやられてしまうレベルの深刻な事態である。

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縁あって「もう一つの椅子」イベントに参加した

hagi2018/04/14(土) - 20:55 に投稿

もう一つの椅子」というイベントシリーズが立ち上がり、本日はその第一回目、テーマがNew Yorkの回に参加した。私は、短期間ながらマンハッタンに住んでいた事があるので、特にNew Yorkと結びつく本が思い当たるわけではないけれど開催者にお願いして参加させていただく事にした。

Couzt初訪問

hagi2018/04/10(火) - 13:43 に投稿

根津にあるCouztというカフェ・レストランでランチ。かなり以前に入った記憶はあるが、この形態の店になってからは初訪問である。

縦開きのスチール窓から外気を取り入れる感じが心地よくて、とても落ち着いた雰囲気で思わず長居してしまう空間。ランチプレートも丁寧でオーガニック感のある美味しいものだ。玄米は食べる人もちょっとづつ丁寧に食べることになるので店にマッチしていると思う。WEP対応ではないがフリーwifiが使えるのも便利だし、テーブルタップも求めれば貸してくれる。

メンバー制のサードワークプレースにはインサイダーとアウトサイダーをどこか隔ててしまう感じがあって、一番最初に契約した平河町ライブラリーが閉店してしまってから迷いつつも結局ホームワークプレースの契約は行っていない。在宅と、カフェ、ドロップインのコワーキングスペースが私の作業場所になっている。適度に生きて動いている人の気配が感じられたほうがくつろげるので本当は在宅よりも、Couztのような場所の方が心地よい。コストがかかるから勢い在宅が増えてしまうが、外に出たほうが生産性が上がる日があるのは良くわかっている。移動時間も惜しいような集中作業なら在宅は良いが、本当はあまり自宅で仕事をしたいとは思っていない。

コワーキングスペースは街づくりの一環として考えられるようになるかも知れない

hagi2018/04/10(火) - 12:01 に投稿

JETRO/IPA New Yorkのニューヨークだよりで「米国におけるワーキングスペースの現状①」というレポートが発表されている。このページをご覧になっている方には既知の情報も多いと思うが、それでもWeWorkを含む大資本の躍進がデータで示されると考えさせられるものがある。

最後の識者のコメントの「コワーキングスペースという協働の空間(場所)が、そこで新しいビジネスや人間関係が生まれる空間になっているかに加え、各々が幸せに健康に働ける空間が用意されているか、地域コミュニティとコワークコミュニティに交流が生まれ、たとえ利用者が入れ代わっても、そこで生まれた経験やエネルギーが受け継がれる仕組みになっているか、が重要である」はその通りだと思う。