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顧客向けの仕事なら、しっかりテストの時間を取って進めるが、割と雑に実施したらリリース後にswap問題で5時間程度ロストしてしまった。 - 新生活238週目 - 「ピラトから尋問される〜イエスの死」
「父よ、彼らをおゆるしください。自分が何をしているのか知らないのです」はとても印象的だ。恐らく史実ではない可能性が高いが、私は、この箇所がEUの死刑廃止(禁止)を導いたのだと考えている。 - 1年ぶりのNY
最近は1年1度のペースでNY訪問をしている。住んでいる場所と違って、1年一度の訪問だと、その間の変化が目につきやすい。今年は、格差の拡大と、都市が人を引き付ける力が強くなっているのを感じる年となった。 - 新生活237週目 - 「わたしもあなたを罪に定めない」
恐らく「後の時代の人が本来のヨハネ福音書に書き加えた箇所」という聖書学者の主張は正しいだろう。その上で、イエスの行動指針の解釈としては強い納得感があり共感を誘う。聖書の読み方について考えさせられる箇所だと考えている。 - 遠野物語 全訳注
遠野物語の存在はもちろん知っていたが、現代訳で読んでみると予想の範囲内のものだった。かつて栄えたと思われる廃墟を訪れるような感覚を味わうことができた。新谷氏の注釈が面白い。 - 新生活236週目 - 「「放蕩息子」のたとえ」
福音のヒントには「わたしたちは(兄、弟)どちらの立場でこのたとえ話を聞くことができるでしょうか」と書かれているが、誰しも兄と弟双方の側面を持っている。誰かと比較して自分の道を考えていくのではなく、本当に自分がなすべきことは何かを考えさせられる話だから印象に残るのではないだろうか - MacBook Air買い替え
13.6-Inch MacBook Air with Apple M2 chip 8GB unified memory 256GB SSD(Mid 2022)から3.6-Inch MacBook Air with Apple M4 chip 24GB unified memory 512GB SSD US配列キーボードに移行した
- 新生活235週目 - 「悔い改めなければ滅びる〜実のならないいちじくの木」
WikipediaのParable of the barren fig treeのプロテスタントの解釈の節では「園丁はイエスです」と書かれている。 - パレスチナ史断章
求道者にはあまり進められる本ではないが、受洗後10年、20年を経た信者は、こういう本に向かい合う必要があるのではないかと思う。 - 新生活234週目 - 「イエスの姿が変わる」
神の声が聞こえたという記述はイエスの洗礼の時とこの不思議な物語の2回だけだと思う。共観福音書全てでこの物語は記録されているので、使徒たちの経験として語られていたことなのだろう。しかし、どの山で起きたことなのかは記録されていない。事実はあったのだろうか。