新生活52週目 - 「再び自分の死と復活を予告する」 「すべての人に仕える者になりなさい。」という教えは好ましい。特定の誰かを偏り見てはいけない。 タグ キリスト教 新生活52週目 - 「再び自分の死と復活を予告する」 の続きを見る
新生活51週目 - 「ペトロ、信仰を言い表す~イエス、死と復活を予告する」 画像 この箇所は読みようによっては、ペテロの信仰告白とイエスの十字架への覚悟が同期しているようにもとれる。ペテロの告白によって、予言が可能となり、イエスの進む道も確定していく。そして、その意味するところをペテロは理解できない。後日、本当のところは分かっていなかったが告白しておいたよかったとペテロは思っただろう。多分、信仰告白はそういうものだ。ずっと後になってから、その人にとってどういう意味があるのかが明らかにされるのだと思う。 タグ キリスト教 新生活51週目 - 「ペトロ、信仰を言い表す~イエス、死と復活を予告する」 の続きを見る
主の祈りの「我ら」とは誰のことか? 突き詰めれば「我ら」など存在しない。「我ら」という概念は(教会)組織が作った隔ての中垣である。 タグ キリスト教 主の祈りの「我ら」とは誰のことか? の続きを見るコメント数 1
新生活50週目 - 「耳が聞こえず舌の回らない人をいやす」 画像 イエスは「天を仰いで深く息をつき、その人に向かって、「エッファタ」と言われた」とある。なぜ天を仰いで深く息をついたのだろうか。なにを嘆いたのだろうか。 タグ キリスト教 新生活50週目 - 「耳が聞こえず舌の回らない人をいやす」 の続きを見る
新生活49週目 - 「昔の人の言い伝え」 画像 ファリサイ派の人が説く内容は歴史に裏打ちされた叡智に基づいているから、その教えに従うのは多くの場合良い結果を生むだろう。食事の前に手を洗えという教えに従うのは望ましいことだと考えたほうが良い。イエスは、ファリサイ派の人が言う教えには耳を傾けるべきだが、行動にあたって何を優先するかは自分の頭で考えて決めよと言っていると読んでよいだろう。 タグ キリスト教 新生活49週目 - 「昔の人の言い伝え」 の続きを見る
放蕩息子は確率的に未来を拓く (比喩的だが)遠い国に行って、散財する人がいなくなると、全ての人に緩慢な死が襲ってくるような気がする。 タグ キリスト教 ライフスタイル 放蕩息子は確率的に未来を拓く の続きを見る
油断大敵 悪魔はしばしば美しい姿で神々しく、邪悪さを気づかせない狡猾さがある。それに操られていてもわからない。誰ひとりとして私は大丈夫というような人は存在しないのだ。そしてその手に堕ちても全てが終わってしまうわけではない。 タグ 政治 ライフスタイル キリスト教 油断大敵 の続きを見る
新生活48週目 - 「永遠の命の言葉」 イエスは本当に「はっきり言っておく。人の子の肉を食べ、その血を飲まなければ、あなたたちの内に命はない」と発言したのだろうか? すくなくとも聖書の書物の選定は公会議の決定を経ているので、そういう発言があったと認めても良いという合意があったと考えるのが適切だろう。当時の教派間の力関係も影響したと思う。今日の箇所は、私にとって理解に苦しむ箇所である。 タグ キリスト教 新生活48週目 - 「永遠の命の言葉」 の続きを見る
矢内原事件 今日、終戦記念日を意識した引退教師の説教で矢内原忠雄氏の話が出た。盧溝橋事件の直後、国家が目的とすべき理想は正義であり、正義とは弱者の権利を強者の侵害圧迫から守ることと主張して東大を追放された人だ。今「正義とは弱者の権利を強者の侵害圧迫から守ること」の言葉の重みを感じている。 タグ キリスト教 矢内原事件 の続きを見る