新生活206週目 - 「昔の人の言い伝え」
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ルールを守ることが目的化すると良くないという解釈もあるだろう。自分の内側から出てきている思いに冷静に立ち向かえるかが問われていると考えることもできる。
イエスとその時代
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荒井献氏の訃報をきっかけに イエスとその時代 - 岩波書店 を図書館で借りて読んだ。あとがきには「本書において私が試みたのは、イエスとその時代に対する歴史的接近である。」と書かれている。私もその歴史的接近には興味があり、いくつかの新たな知見が得られて満足した。
新生活205週目 - 「永遠の命の言葉」
3年前の概要でも書いているが、今日の箇所は、私にとって理解に苦しむ箇所である。
新生活204週目 - 続々「イエスは命のパン」
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「はっきり言っておく。人の子の肉を食べ、その血を飲まなければ、あなたたちの内に命はない。」は強烈なメッセージで共観福音書に同様の記述はない。ルカ伝では聖餐について「わたしの記念としてこのように行いなさい」と書かれていて、関門ではなく記念行事として位置づけている。現実には、結構ヨハネ伝的な関門儀式に位置づけようとする力は強い。
コンヴィヴィアリティのための道具
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読後、著者のイヴァン・イリイチをWikipedia日本語版、英語版で目を通してみると、善いことをしたいという思いが伝わってくる。個人的にはキリスト教的な「愛」の権威独占(人治)によらない制度化のすすめと受け取った。
新生活203週目 - 続「イエスは命のパン」
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ヨハネ伝は共観福音書と異なる記述が多いが、執筆された時期や政治的な背景を考えると、見えてくることもある。原理主義的な印象のある箇所だが、権威主義的にとらえずに、含意を受け取ることもできるのではないか。
マラナ・タ
元は、パウロがコリント前書の挨拶で書いたアラム語のギリシャ語音読
新生活202週目 - 「イエスは命のパン」
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「神がお遣わしになった者を信じること、それが神の業である。」という言葉の解釈を現在に当てはめると、反ネタニヤフ政権に立つしか無いように感じる
Drupal検証環境あれこれ
マルチリンガル機能の検証のためにマルチサイト構成で検証環境を立ち上げている。Drupal 11の準備も兼ねて文書化することにした