自衛隊に告ぐ

自衛隊に告ぐ読了。

退官したとは言え、香田洋二氏は踏み込んだ発言をすることがある種のブランドになっている。

本書にはいくつも驚きがあった。例えば、「秘密が実際にリークされたか、されていないかは問題ではない。資格のない者が秘密を扱い、接した瞬間に、その秘密はオープンになったと考えなければならない」という心構えの紹介は印象に残った。私の経歴では、秘密事項はせいぜい個人情報か営業秘密に限られる。技術担当責任者を勤めていた時でも、秘密にしなければいけない事項はほぼゼロと言って良い。軍人とは全く異なるのである。一方、現在の米軍の状況はある意味で最悪と言えるだろう。有資格者が秘密を適切に取り扱わない状態になっているし、金銭が伴う取引に利用されている疑惑さえ取り沙汰されている。省内がきちんとしていたとしても、政権が傷めば機能しなくなる。指揮命令者が適切でなければその影響は計り知れない。第5章の統合組織で、官邸主導の防衛構想に黙って従うようになるという段落が興味深い。細川政権の「防衛問題懇談会」に源流を置いているのは意外だった。離島奪還作戦の愚の段で触れられているように政治家はどうしてもウケの良い施策に優先度を置く。文民統制が適切であっても、専門性を軽んじてはいけない。第1章の「できません」とは言えないの段で、想定されている言い訳に「いやいや、法律を作るのは官僚の仕事で、そもそも特定秘密保護法は防衛省ではなく、内閣官房で作っています。だから、制服組が口を出す余地なんてありません」を上げているのも同じ問題意識と感じられる。専門性を軽んじる政治家は国を滅ぼすリスクとなる。安倍、高市と石破の違いと言っても良いかも知れない。

陸上自衛隊に関するポストの話には納得がいく。大人数を(形式的ではなく)指揮した経験の欠如は致命的だ。資質の優劣にかかわらず前線の経験でしか得られないことはある。著者が語る組織論、同盟論は民間企業においても傾聴に値するものだと思う。前線の統括を担う仕事には大きなリスクが伴うし、完全な成功などありえない。ITプロジェクトであっても、様々な不測の事態は起きるし、病人も出る。死人が出ることもある。規模のあるプロジェクトをリーダーとして率いていくのは容易なことではない。例えば、JVを組むとしたら、相手のリーダーとの経験差が大きければうまくやることはできない。

自衛隊に関して言えば、日本の防衛は日米同盟を機能させ続けることが現実的であろう。ただ、その関係を損なわずに別の枠組みを作ることも不可能とは言えない。

彼が書いているように、敗戦に至った過ちの分析を国を上げて取り組めていないのは大きな問題だと思う。インテリジェンスの欠如と言っても良い。

以前米Director of National Intelligenceを勤めたJames Robert Clapper Jr.氏の講演を聞いたことがある。その視座の高さに驚嘆した覚えがある。無論、米国のインテリジェンスの統括者として米国からの視点に重点をおいているが、国外の状況が安定していなければリスクが増えることを自覚しているのがよく伝わってきた。以前NGAを統括していて、その標語は「Know the World, Show the Way」だった。視座は全球である。当時は情報開示に極めて積極的だった。

インテリジェンスの強化とオープンさは極めて重要である。秘密の極小化が理想と言える。不利なことであっても、資格者に対してきちんと報告できなければいけないし、本来主権者が(国家の存続のために)正しい判断ができるように情報は明らかにされるべきだ。もちろん、軍事的に考えれば弱点を明らかにすればそこを突かれるから弱みを見せるべきでないという理屈もなりたつが、いずれにしたって時間が経過すれば弱みは明らかになるものだ。Know the Worldの下にKnow JSDFがある。JSDFの専門家も上位になればなるほどKnow the Worldの視座が必要になるはずだ。そして、インテリジェンス機関はShow the Wayが同時に使命となる。逆に言えば、政権にそれを受ける能力がなければいけないし、そのためには主権者が適切な人材を選出しなければいけないということになる。

時代の風は事実より誇りを優先する危うい状況にある。本書は、まず現実に向かい合うことから始めなければいけない、そして望ましい姿を達成するために虚心坦懐に適切な施策を取らなければいけないという当たり前のことを読者に提示しているのだと思う。

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