自治体毎にシステムを作るのは限界という記事がある。デジタル行財政改革 課題発掘対話(第6回)に参加してきましたからの4連作のひとつで、どれも読み応えがあり示唆に富むのでお奨めしたい。
自治体毎にシステムを作るのは限界の後半に「デジタル公共財の活用」という記述がある。DPGAではCMSのDrupalをデジタル公共財として認定していて、「本当に自治体毎にシステムを作る必要があるのか」に出てくるシステムコスト3,632億円の大幅な削減に貢献できると思っている。もちろん、今このお金で食べている人もいるし、手を抜いているとも思わないが、世界中で使えるようなデジタル公共財化を進められたほうが良い。文化の違いはあるが、他国では教育省がDrupalで高校用のテンプレートを提供している事例もある。
Drupalに限らず、今後はDPGA認定ではないが、QGIS等のFOSSも市民全体のQOLを向上させられる可能性が高い。
システムが苦手な人がいるからやはり人が受け付けないと駄目だという話を耳にするが、決して乗り越えられない壁でないことはエストニアが証明している。もちろん、サポートが必要な人がゼロになることはない。それでも、全体のコストダウンが進められればサポートに割けるコストも増やすことができる。社会保障問題もデジタル化のコストダウンは大いに期待できるから私はマイナンバーを強く推す。ただし、データの所有権は個人側に置くようにしなければ危なくてしょうがない。
Open Web Manifestoに「It’s defined by decentralization: No single person or entity controls the open web.(それは分散化によって定義される:一個人や一団体がオープンウェブをコントロールすることはない)」とある。安全、安心な将来に向けての提言にも共感する。FacebookやX、あるいはnoteのようなサービスに乗っかれば、多くの人の目に触れる可能性は高まるし、マネタイズも可能だけれど、サービスプロバイダのコントロール下に置かれてしまう。それが自治体や政府であっても組織に個人がコントロールされてしまうのは困る。法の下の平等は避けられないが、恣意的なコントロールができないようにすべきだ。
やがて法もプログラムになるだろう。その過程で様々なバグが検出されるし、そのプログラムの裁定が社会福祉の増進に反すると思われるケースもでるに違いない。それでも、法はやがてデジタル公共財に昇華していくだろうと考えている。