Open Source Projectの未来

Drupalの創始者Dries BuytaertOpen Source infrastructure deserves a business model((drupal.orgサイトのような)オープンソース基盤の維持にはふさわしいビジネスモデルが必要だ)という記事を書いている。根底にはDrupalの進化と生き残りには資金が必要だが、安易な調達を行えば、理念が破壊されてしまうという懸念の上にビジネスモデルの確立が避けられないという思いが見える。

Driesの記事では、WordPressはSingle-company patronage(単一法人担保)モデルと位置づけられていて、Drupalは寄付、複数企業支援、コミュニティによる資金拠出によって成り立つモデルと書いている。この軸で評価すれば、Drupalの方が安全性が高いように感じられるが、CMSシェアで考えるとWordPressが圧倒的だから人によっては負け犬の遠吠えと読むかも知れない。

ビジネスモデルで考えると、Open AIはNPOで傘下に営利組織(ただし公益法人)を抱えることによって研究開発を担うNPOの巨額資金調達に成功している。研究開発リソースが潤沢なら成果が出る。しかし、営利組織は商売をやっているわけだから、お金を出してくださるお客様のニーズに答えなければならない。政府予算を投入されれば、防衛用途などのニーズ答えないわけにはいかなくなる。個人の思いは別にして、膨らんだリソースには人件費が必要になり、金が絶たれれば解雇しなければならなくなる。このように独立性が失われるリスクは大きい。Anthropicはその危険性を感じてフォークした企業だが、トランプのアメリカはその技術を兵器に応用したから、結果的に人殺しの手助けをしたことになる。権利者として、利用を許さないと宣言しても、オープンソースであれば異なる倫理観の持ち主は、簡単にただ乗りする。私には邪悪に感じられるが、資本主義世界ではコストを削減して利益を極大化しようとする行動は「合理的」と評価することもできる。歴史を振り返れば、長期持続性はないのは明らかだが、人生は仮に100年あったとしても短いので長期持続性がなくても暴君が自分が生きている間に破綻しないこともある。

公共財をどう考えるかという話でもあるが、Driesは利用者を(APIで)管理するオプションもあるのではないかと書いていると解釈している。OSSコミュニティが強制的に邪悪な利用を停止できる方法を手に入れることができるようになる。しかし、それは新たな独裁者の出現を許容しかねない施策でもある。

DrupalとAI法人の経済規模は約1:10,000である(Drupal Associationの会計規模vsAnthropic時価総額)。資本主義は極めて危うい(人間の手が届かない規模の暴走リスクがある)ということに気がつく必要があるだろう。ただ、次のモデルが(伝統的な)社会主義や共産主義になるようには思えない。

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