コワーキングスペースの持続性

今年もCoworking Europeに参加し、いろいろ考えさせられた。会議出席のまとめは書くつもりだが、それとは別に感じたことを書いておく。

もう10年以上も通っているので、何人かの人はどんな考え方をしているのか、どういうことを言いそうなのか想像がつくようになっている。長くいる人とはお互い10年歳を重ねているので老けたなあと言い合うこともある。それも悪くない。非常に積極的に参加していた人の中には来なくなってしまった人も少なくない。一方、新しく参加する人もいるし、ツール等の支援事業者も顔ぶれが安定してきていて興味深い。

GCUCでは、コワーキング業界など無い、あるのはサービスドオフィス業界だと強く主張していた人もいるが、今回Lizはサービスドオフィスという言葉は死語だと言った(現実には死語ではない)。最近はFlex officeという言葉が幅を効かせるようになってきているが、この言葉がずっと使われる可能性は低いだろう。

コワーキングスペースという場を根底的に変えたのは、間違いなくWeWorkだ。WeWorkの参入、もっと言えばソフトバンクの大型投資が商用不動産業界の常識だったリース契約を崩壊させたのである。伝統的なコワーキングスペースは商業的には個人や小規模事業者を顧客としてきたので安くなければ持続性がない。コミュニティを作って自主参加することでコストを抑えるとともに様々な助け合いを機能させ、魅力的な場を提供してきた。しかし、少し高くても高速ネットワークが安定的に利用できて、家具や内装もきれいなWeWorkが金の力で持続不可能な低価格商品を提供したことで、利用者の多くはコミュニティの魅力より、面倒なことはサービス提供者に任せば良いと考えるようになってしまった。あまり認めたくはないが、伝統的なコワーキングスペース(私はコミュニティコワーキングと呼ぶ)のビジネスモデルは崩壊した。もちろん、飲食業と同様、単立でも魅力的なコワーキングスペースは存在し事業継続できているが、儲かるビジネスにするのはかなり難しい。創業者も歳を取るから、体力、気力が続かなくなる。

思えば、私がコワーキングスペースに関心をいだいた頃は、多くの尖った運営者が輝いていた。多くは古く、不動産価値の低い物件を借りてうまく運営して天国のようなコワーキングスペースを作り上げていた。とても魅力的だった。ストックホルムでは、廃教会をコワーキングスペースにしていて活況を呈していた。New Work Cityも印象的だし、ベルリンでは見本市のようにスペースがたくさんあった。しかし、ほぼ全てなくなっているか買収されてブランドだけが残っているような状態にある。

資本主義が機能し始めると熱意で新規参入することは現実的には不可能になる。WeWorkの出現でコミュニティコワーキングの創業期ウインドウは閉じたのだ。それは、WeWorkが破綻しても再び開くわけではない。投資先として一度認識されてしまえば、合理性に支配されてしまう。牧歌的な動きは機能しない。

でも、それで良いのかという思いは尽きないのである。

Midespaceのようにコミュニテイコワーキングの良さをある程度維持しながら拡大を続けている企業もある。それでも、企業は金払いの良い客の声を聞いてしまうから、自発的なコミュニティは成立し得なくなる。現実は厳しい。

時代は変わったのだと思う。しかし、それでもコミュニティに居場所を持たない人は弱い。愛の無い世界では生きていけないから、本来依存してはいけない存在に依存してしまう危険が大きいと思う。コワーキングスペースはLizが言うようにホスピタリティビジネスであることは間違いないだろうが、コワーキングスペースの本質はコミュニティが機能する場だと考える。コワーキングスペースという場を超える何かが現れても良い時期を迎えているのだろう。

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