DEI - Diversity, Equity, and Inclusion

hagi2022/04/14(木) - 14:09 に投稿

D&Iという言葉はよく耳にしていたが、Eを加える用語には馴染みがなかった(参考:DE&I(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン))。調べてみたら、アメリカでは軽く5年以上前から使われていた言葉だった。

ダイバーシティは多様性と訳されることが多い。インクルージョンの訳は包含が一番適切だと思うのだが、相手は人なので、人を包含するという言葉の使い方には違和感がある。そのため、多様性も日本語化されず、ダイバーシティ&インクルージョンと全部カタカナにしてしまって、何だか遠いもの、ちょっと鼻持ちならない感じを与えてしまっている。

インクルージョンはexclusionの反語でこちらは排除、除外で人にも使える。この否定形を使えば、ダイバーシティ&インクルージョンは多様性非排除となる。ちょっと日本語に近づくが、含意は自分とあるいは自分達と異なる属性を持つ人、人たちを仲間として共に進む未来を良いものとする考え方だからまだ違和感がある。マジョリティ・多数派視点で整理し直すと「異質許容」あるいは「異質排除禁止」ということになる。男性社会が女性の進出を許容するというのが、ダイバーシティ&インクルージョンの第一歩となる。それが白人社会への黒人の進出の許容になったり、LGBT問題に適用されるように拡大していく。

Equityは公平あるいは公正という訳で違和感はない。この文脈で関連する言葉はaffirmative actionだ。こちらも適切な日本語訳がなくカタカナでアファーマティブアクションと書かれる事が多く、積極的是正措置とカッコ書きで付記する程度の扱いとなる。

2016年には、OU to host its third annual Diversity, Equity and Inclusion Conferenceといいう記事がありオークランド大学で第3回会議が開催されているのでDEI/DE&Iという用語は意外と古くからあったらしい。欧州ではEquityのかわりにEqualityという言葉が使われている会議がもっと前に開催されている。

Equalityは平等という訳が適当だろう。平等について考えると、機会の平等と結果の平等は明らかに異なる。D&IにEqualityを加える考え方は、日本で言えば男女雇用機会均等法の考え方に近い。「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保を図る」とある。待遇の確保には若干結果の平等の概念が含まれている。同一労働同一賃金は結果の平等を保証するものと言えるだろう。同一労働同一賃金の方は、パートタイム労働法、労働契約法、労働者派遣法の改定で実現しようとしているので機会の平等とは別の軸となる。個人的には、同一労働同一賃金が間違っているとは思わないが、exclusionの正当化となるので、筋が悪くD&Iの方向性に反すると考えている。

EquityをD&Iに加えるということは、仲間の多様性を高めても、公平さが担保されなければ機能しないという考え方と解釈している。

改めてInclusionは内側に入れるという話であることに注目したい。雇用の世界を捨象すると正社員(内側)と正社員以外(外側)があるという前提があって、もともと会社はその内側の福祉に注目する結社だ。一方で、会社も社会の一員という別の枠組みがあり、公害を出してはいけないとか、その時期に適切なレベルの公正性の確保が社会的責任となる。この2面性はかなり厄介だ。企業がDEIを指向すると、少なくとも社員に関しては、アファーマティブアクションが必要になる。過去の経緯で不利がある人には積極的救済措置を講じて公平性を高めなければいけない。一方、競合関係にある2社で考えると、稼ぐ力が異なれば、再配分可能な額は減る。従業員、株主の配分比も異なる。制度を強化しても全体としては結果の平等には向かわない。社会保障は不要になることはない。

企業は競争力を失えば存続し得ないから、DEIも企業の持続可能性があって初めて意味を持つ。

もう一度Diversityに注目すると、多様性が競争力獲得に資する場合があることに気付く。グローバル企業は顧客が世界にいてその地域地域でニーズに偏りがある。男性と女性でニーズに違いがでるケースは少なくない。自分達が良いと思うものやサービスを提供しているだけだと顧客ニーズを取りこぼしてしまうのである。

なぜDiversityかを考えないわけにはいかない。製造業社内でも、設計と現場のギャップがあるし、企業の顧客の満足を高めるためには一定のレベルで多様な人が関わりを持てるほうが有利となる。一方で、多様性を高めれば企業の業績が向上するかと言えば、そんな単純な法則が機能するわけがない。

逆に多様性の低い集団には楽さがある。組織の決断が自分の予想と一致する。必ずしもその決断を善しとしていなくても許容範囲であれば困らない。その中に留まっている限りは当面安泰と言える。ただ当面の安泰であって異分子が誕生しなければやがて衰退して消えていく。権力が独占化されれば破綻する。

漸近的な多様性強化ということであれば、顧客のデモグラフィーに基づいた多様性の強化が重要だろう。中国で顧客を増やしたいなら、中国の人の声が聞こえる、考え方がわかる人を迎え入れるのが適当だろう。老人相手の商売なら、老人の声が聞けなければ勝てない。そして、そうした新人材が部下では機能しない。ゴールは競争力強化だから、本質的に対等でなければいけないのである。よく笑いの種にされる、若者の合理的提案がおじさんに却下されるという事象は避けなければいけないし、同時に無謀な大冒険も困る。そう考えるとチームになるInclusionの達成にはEquityが必要になることが分かってくる。

まず頼りにされる集団を目指す(今風に言えばパーパス)。それに必要な多様性(D)を考える、その多様性が機能するために必要な公平(E)を規定する。機能する集団に必要なメンバーを迎え入れる(I)というステップとなるのだろう。

例えば、コワーキングスペースであれば、どんな人に頼りにされる集団を目指すかで話が変わる。スタートアップでも、何を目指すかで全く意味が変わるだろう。既存企業は大小に関わらず既に内側にいる社員が多いから難しい。20年も同じ企業や組織に属していれば、そこはある種の楽園になるが、時代への適応性は下がる。

DEIは国単位で見ると実は雇用流動性と密接に関わっていると考えるのが適当だろう。もう少し引けば、移動の自由の話でもある。