天皇と人権

天皇と人権 戦前戦後を貫く「日本的歪み」の正体読了。

日経の書評を読んで、借り出したが、「欧米流の人権」と日本の人権意識の差異を強く印象づける本だった。読みやすく気づきの多い書籍である。著者は東神大を経て聖学院で博士となった神学者で青学の教授。

特に興味深かったのは「第七章 人権とテロリズム――国体に基礎づけられた権利意識」だ。五・一五、二・二六事件などに触れているが、天皇の支持が得られると思って行われているという点に焦点をあてて書かれている。政権転覆を志向しているが国体への疑義がない。

明治政府が天皇を頂点において、廃藩置県を行い日本という国の形が作り上げられた。「一君万民」という考え方が民衆に受け入れられ、キリスト教で言えば神のもとの平等の概念が神=天皇の構造で作り出され、廃藩によって、万民の平等性が保証され、恣意的な行政がゆるされなくなるという建付けとした。人権は天皇によって与えられたものとなり、自由がもたらされたことになる。現実には天皇も人間だから、接点が増えればボロも出る。「第八章 天皇を相対化した運動」で民の思いと天皇の考えが異なることへの気付きの話もでてくる。独裁指向の権力者は天皇を奥の院に閉じ込めておいてやりたい放題を目指すし、戦中までは最終判断を天皇自身が行っていたわけだから敗戦は天皇の責任と言っても良い。しかし、拠り所を失う恐怖は大きく、天皇制維持は万民によって支持されたと考えて良いだろう。

現実を見れば、神の国日本などと思うのは不可能だ。最終的な判断が誰であれ一人の人間に任されるような社会には持続性はない。自らが選んだ権力者であっても個人の考えで政治が行われれば、思ったような結果はでない。

それでも剥き出しの権力闘争を和らげる機能は今の天皇にもあるだろう。現在の制度では天皇は政治的な発言はできないが、天皇がどう考えているかは今も高い関心が寄せられていると考えて良い。

明治維新で「一君万民」は効果的に機能したと思う。士農工商の階級社会は解体され、個人の自由は拡大し、新たなプレーヤーが生まれて社会が前向きに動き始めたのだと思う。可能性格差が減少し、誰であれ特権を世襲したりすることは許されなくなったはずだったし、実際過去と比較すればましになったと考える人の方が多かっただろう。

今でも人権は権力が下々に与えるものという考え方に立つ政治家が選ばれている。明治的な「一君万民」という美しい日本(強い日本)を取り戻すというスローガンが支持されてしまっている現実がある。著者は「抵抗権」の重要性を説いているが、抵抗権も力に頼る活動になるので危うさを感じなくもない。制度改定の安定性とアクセスの容易性が本質なのではないかと思う。

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