後世への最大遺物は学生の時に読んだ記憶がある。「勇ましい高尚なる生涯」はインパクトの大きな主張で、それが頭に残っているが、この歳になって読み直すと、内村鑑三もずいぶんと俗っぽいと言うか、あの時代の人なのだと感じられた。
巻末の年譜によれば、生まれたのは1861年。100歳(99歳)違いである。17歳で札幌農学校の二期生となり、18歳で受洗。21歳で札幌教会を創立している。21歳で教会を創立しているということは、相応する経済力がなければできないことで、自分の力だけで出世したわけではないだろう。同じく札幌農学校出身の有島武郎は、自力ではない部分に負い目を感じていたように思う。何となく2級エリート感がある。中央で権力の階段を登るほどの家の支えはないが、庶民とは異なる教育投資は受けている。もちろん、相当な自力があったと思われ、単なるボンボンではない。クラーク博士への懐疑的な言及もあり、若い時に無邪気に信じたり人に依存したことに気が付き、挑戦者としての生涯を送ることになったのだろう。それは「勇ましい高尚なる生涯」と言って良い。1930年に鬼籍に入っているので、第一次世界大戦は知っているが、第二次の時にはもうこの世にいなかった。
後世への最大遺物でもデンマルク国の話でも強いことへの執着が感じられる。事を為すには金がいる。金が集められなければ(稼げなければ)為すべきこともできない。金を集める能力、あるいは権力を手にしても為すべきことに使わなければ意味がないだけでなく害になるという考え方は理解できるが、「勇ましい高尚なる生涯」が本当に後世への最大遺物になり得るのかという疑問を残す。
「勇ましい」は余計だ。
デンマルク国の話は、人心に誇りあらば独立は維持できると読むこともできる話である。ちょっとエストニアを想起させるものでもある。個人的にはデンマークは自由学園時代のデンマーク体操のイメージや北欧の高福祉イメージであこがれもあったが、実際に行ってみると、野蛮の痕跡が色濃かった。野蛮さがなければ自決権を得られないが、野蛮さを超えなければ持続性も獲得できないということだろう。野蛮の痕跡があっても、それを超える制度設計には成功しているのだと思う。100年前に生きた人が語るデンマークの話は興味深かった。
まもなく没後100年を迎えようとしている。既に新たな戦争の時代を迎えているし、地球環境問題も深刻である。近未来的にはロシアとアメリカの崩壊が起こり、東京も都市機能を維持できなくなるだろう。一旦は日本なら北海道、世界的には北欧かニュージーランドや南アフリカがリーダーシップを取らなければならない時期が来て、危機を乗り越えられたら新秩序が生まれるのかも知れないと空想してしまった。