シオニズム イスラエルと現代世界 鶴見 太郎 著 読了。まえがきの歴代イスラエル首相の出身地がベラルーシやウクライナが多いことの指摘や、序章でシオニズムという言葉が1890年に提唱された新しいものであることを示すなど、シオニズムあるいは現在のイスラエルあるいはネタニヤフの残虐性、非人道性がどこから来たのかを整理する上で参考になる書籍である。
旧約聖書では、カルデヤのウルがアブラハムの父の出生地とされている。メソポタミア(チグリス川、ユーフラテス川)から、カナンの地(パレスチナ)に移り住みエジプトでの奴隷生活を経てモーセが再び民をカナンに導いたとされている。史実は考古学的に実証されていないようだが、ユダヤ人の原点はメソポタミアにあったと考えるのは適当だろう。カナンの地は、エジプト(ナイル川)から近く、完全な異文化地域と言える。エジプト中心部から見れば辺境の土地で、アメリカで考えれば東のニューヨーク、ボストンに対する(メキシコ文化圏に属する)カリフォルニアのような場所だったのではないだろうか。
もともとの住民からは嫌われていて、隙を見せれば奴隷化されていたのだと思う。しかし、ナショナリズムの高まりで虐待されても捕囚になっても共同体(想像の共同体)は消えなかった。
コーカサスとメソポタミアは近くはないが遠くもない。アブラハムは恐らく見た目から白人だったのだろう。アラブの見た目とは異なっていたのだと想像する。カナンあるいはエジプトでは非差別対象だった。しかし、律法システムの構築などで属人性を廃し、生産性の高い集団となることができたのだと思う。同時に、その誇り(帰属意識=nation)が強烈なナショナリズムを産み、各地で激しく嫌われ排除対象になったのだろう。結果、ディアスポラとなった。イエスの時代には一時的にユダヤは一定レベルの独立を回復しているが、ユダヤ戦争後国家(State)としてのユダヤはイスラエル国の成立まで約2000年にわたって失われたままだった。ただし、nationは(迫害や生きにくさへの怒りがあったため)失われなかった。
もちろん、この書籍は現代のシオニズムの話だから、こういった古の言い伝えに深く触れているわけではないが、本書で書かれている欧州の棄民政策などで見られる半ユダヤあるいは異文化排斥の構造は恐らく2000年前、3000年前と変わらない。
窮乏と被支配への怒りは、扇動者の力の源泉となる。
しかし、怒りから力の支配へと向かった勢力に持続性はない。ここに至った経緯、なぜ国家としてのイスラエルが残虐になったのかは本書の分析に納得させられるが、私は、恐らくイスラエルは再び国家を失うことになるだろうと思う。言い換えれば、第二次世界大戦後のnation stateを是とする価値観が既に破綻しているということだ。破綻しているからこそ揺り戻しが激しく生じているが、次の価値観へと移行しなわけにはいかない時を迎えたのだろう。想像の共同体は幻想だったのだ。現実を直視する必要がある。