大場電気鍍金工業所/やもり 読了。最初の「大場電気鍍金工業所」は悲惨な話だが、自伝的な話らしい。高野慎三が解題でも触れていて知ったが、読後Wikipediaの大場電気鍍金工業所 を見たら、詳しく書かれていた。こんな悲惨な体験があっても89歳まで生きたのかと考えてしまった。
公害防止や毒物・劇物管理が進んで、今ではずっとマシになっていると思うが、ものづくりの現場はそれでも危険と隣合せだ。高校生の頃、木工所の丸ノコで同級生が指を激しく損傷したのを思い出す。化学薬品や放射性物質も扱ったが、正直に言って、その危険性を十分に理解してはいなかった。幼かったのだ。「大場電気鍍金工業所」の最後のシーンは、薄々はわかっていても、何をすればよいのか分からない少年が描き出されていて目頭が熱くなる。
大学(夜学の数学科)で学ぶようになった頃から、物理的な環境から遠くなって、現場への想像力が失われてしまった。エッセンシャルワーカーという言葉でくくってしまうと他人事になってしまう。リアルな現場がなくなることはない。災害の現場や事故の現場で垣間見える世界は日常的にも存在するのだが、どこか遠い世界のように思われてしまう。
高野慎三は「やもり」でつげが「戦後の生活状況というものも、ちらっと描いてみたいなあ、という気があった」と説明したと書かれている。行くところのない少年は、ひょっとしたら政治活動に取り込まれていたかも知れないが、その危うさをヤモリに投影したのかも知れない。高のは血のメーデー事件に触れている。
最後の「別離」はせつない話だ。この後、二十年以上新作を発表しなかったと解題で書かれていた。
つげ義春コレクション ねじ式/夜が掴むとは大きく異なる一冊だったが、読んで良かった。