つげ義春コレクション ねじ式/夜が掴む 読了。つげ義春の漫画は部分的によく目にしてきたが、まとまった形で読むのは初めてで、こういう漫画だったのかというのが正直な感想だった。巻末の高野慎三による解題で、「ねじ式」の初出が二色刷りの網製版の話に触れている。1968年の頃で、つげ義春は31歳、私は8歳だから当時の私には全く縁がないが、私より10歳程度上の人への影響は大きかっただろう。
ねじ式、ゲンセンカン主人、夢の散歩、雨の中の欲情の話はわけが分からないながらも面白い。裸や性交シーンが出てくるのは商業的な動機なのか分からないが、きれいじゃないのが良い。沼地のドロドロ感は今の人に想像できるだろうか、やられちゃったらもうしょうがないというような感覚はあったのだろうか。時代が変われば、常識も変わるから想像するのは難しい。
人間はバイオケミカルな存在だから、決して清浄ではない。今の漫画や動画のエロさは汚いシーンを描いていても汚くない。衣服や化粧できれいに見せる習慣がつくと、本質的な汚さ、不潔さに触れられなくなる気がする。絵画もそうだが、美しく描くことで現実から遠ざかることはある。そういうものばかりを見ていると現実を注視できなくなると感じることがある。
夜が掴む以降の話は、著者夫婦の日常実話っぽくて読みやすかったし悪くはなかったが特に印象に残ることはなかった。