恋と伯爵と大正デモクラシー

山本一生著恋と伯爵と大正デモクラシー 読了。2025年12月28日の日経新聞 春秋を読んで借り出した。この春秋の記事はインパクトがあったようでFBでもこの記事に触発されて手に取ったと書いている人がいる。若い時は歴史や偉人伝には興味がなかったし、今も関心が高いわけではないが、「いまに似る戦間期の政界を生きたその人は有馬頼寧(よりやす)。きょう70回目を迎える国民的競馬レースにその名を残す。」という言及が私の背中を押した。

導入部はちょっと推理小説のようで読みはじめの感覚は良好。やがて背景や関連する登場人物、その関係性に驚かされた。華族はある種のインナーサークルを形成していて、そのインナーサークルに関わることで生涯が変わった人は少なくない。実母が森有礼と再婚した話や賀川豊彦との関係、恋の相手がキリスト教徒であったことなど、そんな話があったのかと考えさせられることは多い。

19歳で結婚してすぐに子供ができ、3年後に東京帝国大学農科大学に入学している。卒業後に欧米遊学している。華族がみなというわけではないだろうが、ちょっと浮き世離れした感じがある。恋の相手は同志社で学んだ才女で後にタイム誌で「マザー・テレサに続く日本の天使」と紹介された井深八重の親友。自由で人権が守られる未来への道を目指す人達が活動していたことが伝わってくる。恋物語は、まあそんなこともあろうという感じで読んだが、学校等の設立や労働者の権利確立、福祉社会の促進などの活動は困難さを極めつつも有馬氏の力が発揮された分野であることは驚きをもって理解させられた。

しかし、氏を特権階級の人で自分たちとは違う世界を生きていると考える人は多く、エリートを叩くことでのし上がっていく人が現れるのは現在も過去も同じである。その中で、力による問題解決を支持する人が増え、軍部が主流になり、自由の思想は弾圧されていく。歯止めが効かなくなった結果、多くの人の命が失われたうえ、一時は独立を失うほどの敗戦を経験した。有馬氏も巣鴨に収監されたが結局釈放され社会復帰もでき、1955年に中央競馬会理事長に就任し、翌年に中山グランプリを実施、その後しばらくで死去、その後中山グランプリが有馬記念に変わった。

私は、有馬記念にそういう歴史的背景があったことなど知らなかったし、有馬頼寧のことも名前すら知らないレベルだったが、ステーツマンの一人であったのは間違いないだろう。

個々人の安寧を目指す人は、公平性を重視するから(程度の問題はあるが)すり寄ってもおこぼれがもらえるわけではない。力に頼る人は、権力の集中を指向することになるので、自分の利益を指向する支持者が好む発言を行う。もちろん、程度の問題で社会主義的な考え方と専制と隷従を志向する考え方がゼロイチなわけではなく、全ての人が両面を有する。安倍や高市が独裁者を目指しているとは思わないが、自分の目指す世界の実現のためには、取り残される人が出たってしょうがないという考え方は強いから、再び戦争に至るリスクは大きい。

明治末期から大正、昭和初期に至る時期も格差は申告で華族は権力指向のもの、ポピュリストの格好の餌食になっただろう。しかし、例えば夫婦別姓のような個人尊重指向の考え方、給付付き税額控除のような格差緩和の政策が結局は力を得ることになるだろう。恐怖心に訴える力は庶民に英雄待望論を喚起させるが、そういう時代にあっても一定の割合で有馬氏のような人物は生き残る。多分、政治家の中には今もそういうステーツマン要素の強い人は残っているだろうし、今回議席を失った人の中にもやがて復活する人は出てくるだろう。扇動に惑わされることなく、見ている人は必ずいる。

うまく行かないことが多々あったとしても、自由の増大は長期で見れば必ず進めることができる。地味な活動の火を消すことのないように静かに活動し続ける、静かに支援し続けることが寛容なのだろう。また、人は全てにおいて品行方正であることはできない。糾弾されるのは自業自得といっても良いが、だからといって全てを否定するのは適切ではない。それを現代にマップすれば、裏金議員や統一教会問題の傷があるだけで全てが否定されるのもおかしい。多様な考え方を煽りに巻き込まれることなく聞き取りつつ自分の善いと思うことを進めていく有馬氏の生き様は魅力的に思われた。

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