以前、マイナンバーカードと健康保険証の統合は悪い話だと思わないを書いた。今もその考えは変わらない。前回書いた
診療情報は個人に紐付けられるもので、セキュリティが保たれた状態(個人が開示をコントロールできる状態)で一元管理できたほうが良い。他人からは許可なくアクセスできないが、自分は薬や人間ドックやワクチン接種などの履歴を含めて全て見えるようになった方が良い。
は本質的にはデータのオーナーシップの問題に帰結する。
カルテの情報は、いったい誰のものなのだろうか。血液検査の結果情報は、いったい誰のものだのだろうか。
単純に考えれば、それは患者の属性情報なので、患者の所有物とするのが妥当と思うのだが、血液検査の結果はともかく、カルテの内容となるとちょっと複雑である。カルテには医師の解釈が入っているので、同じ患者を複数の医師が診察した場合、その病状解釈は一致しないことがある。誤診もあるから、患者にオーナーシップがあって自由に扱われると信用に関わる問題が発生することもある。
処方箋情報もやや微妙だ。薬剤師の見解から、処方が見直されることもある。歯科医から処方がでていて、内科医の処方と衝突するといった事案は避けがたい。かかりつけ医に全ての情報を開示すればリスクは減るだろうが、専門分野外のことまで全てを理解するのは無理だろう。
現実的な道としては、やはり患者にオーナーシップを持たせ、患者が全ての自分の属性情報にアクセス可能な情報システムが整備され、その開示権を利用して必要な医療従事者に情報が共有されるのが現実的だろう。専門知識に基づいて、処方の見直しを行うケースもあって然るべきだし、異なる所見が複数の医師から患者に提示されるのも自然なことだ。患者は情報が増えて面倒だし、どの判断を取るかは患者の責任となり安易に医師に責任転嫁するのは難しくなる。自由には責任が伴う。
実は健康保険証、医療情報の問題だけではない。自分の資産情報や、住所、ライセンス情報は誰のものかも問われる。
不動産の所有権は、登記によって保証されている。その所有権情報は法務省(行政)にオーナーシップがあるか、所有者本人に属するものかは結構難しい。当該不動産は所有者のものというのはほぼ異論はでないだろうが、所有権情報は行政のものというのがこれまでの常識だと思う。患者は患者本人の所有物だが、付随する医療情報は医療機関のものという考えは少なくない医者の常識だろう。
不動産の所有権情報も所有者のものと考えて、行政はそれを適切に預かり正当性に保証を与える役割をもっていると考えると、所有権情報を行政が開示する場合には全て所有者の合意を得なければならなくなる。昔はとてもルーズだったのだが、今は個人情報保護の観点で、行政であっても勝手に所有権情報などを開示できない。しかし、まだ所有権情報は個人の所有物という段階には至っていないと思う。もちろん、徴税の観点など、合目的使用のための最小限の情報開示は避けられない。明示された合目的使用以外は全て所有者の許可が必要というのが望ましい姿に思われるが、犯罪捜査などの場合には操作している事実が本人にバレてしまうので面倒だろう。
行政が、所有権情報等の国民に関わる情報を適切に管理するためにはID(マイナンバー)との紐付けは避けられないし、そのアクセスは仮に法人であったとしても権限を付与された個人が行うことになるから、個のIDでアクセス記録が確実に取られる必要があるだろう。現代の技術であれば現実的な手法は電子証明書となるから、マイナンバーカード(電子証明書)の義務化は現実的な選択肢だと思う。一方で、オーナーシップ問題に向き合うことなく個人情報をマイナンバーに紐付けてしまうと、個人が知られたくない情報が漏洩してしまう危険が増大してしまう。情報化のレベルアップは権利保護の高度化とセットで進められなければいけない。個人情報にアクセスしなければいけない仕事には重い責任が伴う。
現在は、マイナンバーは基本的に(建前として)行政しか扱えないことになっているので、行政の手続きをガチガチに固めれば権利保護を達成できそうに見えるが、個人からしたら、診療情報を網羅的に見られるだけでなく、自分が所有する全てのものや権利の情報を簡単に管理できるに越したことはないのである。山のようなIDとパスワードでそれぞれに保存されている情報にアクセスしなければならないよりは、電話だろうが、口座情報だろうが、放送契約だろうが、エアコンのリコール情報だろうが、全部マイナンバー一つで取り出せたほうがずっと便利だ。そして、自分以外、総理(行政の長)だろうが警察だろうが自分の許可を得ることなく情報にアクセスできない状態にある方が良い。
まず、個人情報のオーナシップは個人に属するもので、個人情報への不正アクセスは人権侵害であるというところから整理し直す必要があるのだと思う。かなり大きな制度の見直しになるが、根本に迫ることができなければDXは進まない。その点では、制度が充実している先進国は対応が相対的に難しいのである。そして、難しいからといって問題に向き合うことを避けていると時代に遅れてしまうのだ。時代適応は、ゼロからスタートする方が断然楽なのである。
健康保険証の廃止を叫ぶ人の気持はわかるし、なし崩しのマイナンバーカードの義務化は国民に対する背信行為と言っても間違いではない。しかし、未来を見据えれば、世帯で管理するような時代ではなく、生まれた瞬間にIDが振られるのは当たり前だし、管理方法はともかく電子証明書によって赤子の個人情報も保護されなければいけないだろう。大人になるまでは親や行政に管理委託をするしかないが、本来本人がもっている権利は最初からその本人のものだ。統一教会的な教義とは真逆のものだが、デジタル時代は個を中止とする世界でしかありえない。
健康保険証のマイナンバー制度への統合は自然な方向と捉えた上で、それが扱う情報の本質的な整理を行政に求めていくのが合理的な道だと私は考えている。スマホで、eIDをうまくハンドリングできる仕組みもバックアップ手段の確立の視点から見ると好ましい。適切な設計になっていることを期待したい。
医師ももちろんだが、様々な今までの常識が書き換えられることになる。国民はその覚悟をしないわけにはいかない。鎖国して生きていける時代でもなく、日本が立ち止まっていても他国は先に行ってしまうからだ。