クルド人のこと

クルド人という言葉は知っていたし、国を持たない大人数の民族という知識はあったが、スウェーデンとの関係は理解していなかったので、今回のNATO加入問題でトルコのエルドアン大統領が強く反発していたのを不思議に感じていた。

ちょっとググってみると『クルド・ナショナリズム揺籃の地としてのスウェーデン――二つの社会制度と民族性の承認』という記事が見つかった。その記事では、スウェーデンの社会制度が(結果的に:萩原追記)クルド・ナショナリズムを育てたとしている。クルド語はトルコ語と語族が異なり、母語の否定は基本的人権の侵害に当たるという考え方に好感する。もちろん、強い国、強い指導者を目指す人にとってはとても具合が悪い。日本でも、日本は単一民族とか自民党右派は事実にあわない主張をしていたりするが、言語の弾圧は本来あってはならないことだ。統一したコミュニケーションを実現するために標準語を制定するのは避けられないと思うが、母語を禁止されてはたまらない。母語を禁止して弾圧した勢力またはその継承者は、民族意識が回復されてしまうと極めて具合が悪い。十分に人数が少なければ押さえつけられる可能性があるが、トルコ国内に自国人口の4分の1を占める約2,500万人のクルド人が目覚めたら、統治は困難になる。為政者にとっては耐え難い状態である。

クルド・ナショナリズムが独立運動に発展してしまうと、秩序の崩壊というだけではなく安全が脅かされるから、人権問題であっても軽々に判断するわけにはいかない。スウェーデンは隣接しない外国だから、筋を通してクルド語での出版を支援したり、クルド語の教育を支援するのは、人権擁護の観点では立派な判断だと思うが、その結果、クルド・ナショナリズムが刺激されてしまうと、トルコは前向きの政策に投入する力、あるいは金を内政の安定に使わなければならなくなる。ちょっとしたミスで、内戦になればハゲタカのような国外勢力に毟られることになって、不幸な人がたくさん生まれてしまう。その結果、人権を軽んじた政権を維持するより犠牲者が増えてしまうリスクはかなり大きい。一方で、人権侵害がそのまま是正されないようでは、中長期で見ればほぼ間違いなく安定は損なわれてしまう。自分が生きている間は逃げ続けたいと権益を持つ側が考えてしまうのは残念ながら自然な考えだ。実質的には既に転落が確定しているアメリカの白人がMAGAに傾倒するのと同じ末路が待つ。正に保守は亡国である。ちょっと引いてみれば自明なことだ。

スウェーデン首相、クルド人送還明言せず NATO加盟でトルコ主張』でスウェーデンのアンデション首相が「この状況によって、私はいささか苦しい立場に置かれている」と付け加えたと書かれているのは非常に興味深い(失礼)。スウェーデンは大人の国であることを放棄できないが、自国に直接的な火の粉がかからないとしても国際社会の安定を無視することはできない。唯一の正解など無い中で、ぎりぎりのところで踏みとどまっているように見える。背景を調べてみてからもう一度記事を読んだらアンデション首相を応援したくなった。

トルコのエルドアン大統領の振る舞いにはかなり抵抗感があるが、リアリストとして短期的な世界平和への貢献があることを否定できる人は少ないだろう。今後、ウクライナに住む人達がどうなっていくかもわからない。2019年に訪問したベラルーシのミンスクの人たちの未来も不透明だ。ロシアほど注目されていないが、経済制裁は激烈である。

それでも、私は世界は今揺り戻しの時期を迎えているとは言え、良い方向に動いていると思う。そして、その原点は強さを売りにする指導者を支持しないことに尽きると思う。

※冒頭の画像はwikimediaから引用したクルド人画像