自由に旅行したいとか、マスクを外したいとか、そういう希望が出るのは当たり前のことだ。withコロナが前の状態に戻すことを意味するようなムードが濃厚だが、コロナ前に戻ることはない。絶対にない。時計の針を戻すことはできない。やがて戻ると思う気持ちはわからないではないが、そういう主張は悪魔の囁きと考えたほうが良い。
2020年に尾身氏が提唱したニューノーマルは、もう一度考え直す価値があると思う。
ポイントは「非接触」だ。ニューノーマルは、一言で言えば、可能な限り非接触で社会活動を回していくという提言だった。最初の時期は、日本では8割おじさんの言うことを聞いて頑張れた。その後の動きはだんだん残念な状態に落ちていったと思う。アクリル板を立て、消毒液を使い、再開を目指したのに、毎度感染者が増え、結局なし崩し的にwithコロナと言って対策をやめてしまうようになってしまった。ニューノーマルの提言に正面から向かい合うことができなかったのだ。
ワクチンの登場、治療薬の登場は早かったので、驚異は格段に軽減されたものの、客観的な数字を見る限り収束の気配など無い。
一番身近な食の部分から見れば、ニューノーマルは持ち帰りや宅配が主な提供手段になり、店内飲食は恒久的に特別なものになるとはっきりと指針を示したほうが良かったと思う。今からでも店内飲食の選択が消費者にとって不利になる制度を作るべきだと思う。私自身は、この2年間で冷凍食品と持ち帰りが増え、価格に関する感覚が変わった。店内飲食だと、店の雰囲気が重要な選択理由になるが、持ち帰りだと味と値段に選択理由が変わる。持ち帰りだと時間の経過もあって店内飲食と同等の品質は得られないものも多く、とても好きだったものでも手を出さなくなってしまった。本当に店内飲食で勝負するのであれば、8割接触削減なら、ざっくり5倍に価格を上げれば良いことになる。制度的に強制するなら店内飲食の消費税を400%にすれば良い。900円のせいろが4,500円でも月に1度は行くかも知れない。その分、普段の食事は節約する。仮に平均が800円だったとして、400円で9食乗り切れば、3,600円節約できるから4,500円は3,600円+900円でバランスする。まあハレとケと考えればよいのだが、自己管理力が求められるだろう。個人から見ると、ずるずるとしていると破綻してしまうし、全部400円で済ませるようになると経済は縮退する。政府の介入が効果的な分野だと思う。
ニューノーマルとペアになるのはDXだ。飲食でも、持ち帰りを含めて完全予約制にすればロスも減る。1週間前にメニューと時間を含めた予約をすれば、食材の手配も確実性が高まるから割引料金を設定することができる。データがきちんと取れるようになれば経営も変わる。生活者側も賢く計画すれば安上がるようになるし、自分に関わるデータが分析できるようになれば、栄養バランスや家計の管理も向上するだろう。それが面倒だという人は、相応の負担を強いられることになる。それがニューノーマル、あるいは、デジタル時代への対応となる。世知辛い気もするが、それが時代の変化ということなのだと思う。生産側の情報に基づいた調整にも積極的に取り組むべきだろう。
働き方も変わる。既に不可逆な変化は起きているが、ニューノーマルでは非接触がデフォルトである。ただ、ニューノーマルが8割接触減であれば、非接触100%である必要はない。仕事によっては、100%非接触でもできるだろうし、かなり多くの時間接触を必要とする仕事もあるだろう。接触を求められる業務は高くつくと考えないといけない。必要性の低い業務で使用者が接触を求めるようになれば不利になるようになるはずだ。一方、接触が必要な業務を上手に計画できれば競争力が増す。予見性を向上させることが競合環境では有利となる。規模はしばらくは力を持つが、規模よりスマートさの方が重視されるようになるだろう。
新型コロナは、言わばガイアツである。インターネットとICTの進化で、既に時代は転機を迎えていた。既に危険なまでにガスは充満していたのだ。既得権益を無理に守ろうとすれば、無理に無理を重ねることになり、さらに破裂した時の被害は大きくなる。
私は、積極的にニューノーマルを狙って確立する方が、未来を明るくすると思う。
強化すべきは武力ではない。今を守ろうとして全てを失うような愚かな判断をすべきではない。日本の憲法前文の思想は間違っていないと思う。かつてヒトラーを選んでしまった歴史を繰り返してはいけない。