国籍は自然人の属性でしかない

hagi2020/09/19(土) - 10:21 に投稿
2018年のタリン

デジタルアイデンティティはやがて世界共通の仕組みにならざるを得ない。現在でもパスポートには共通IDが仕込まれていて、標準化が進んでいる。パスポートは非常に象徴的なIDで、所有者の権利を保証し、受入国、発行国の義務を規定するもので、恐らく個人として最も広範に通用するIDだろう。ポイントは個人の権利を保証するIDである点にある。同様にデジタルアイデンティティは人権を保証し、政府・行政の義務を規定するものでなければ機能しないだろう。行政の都合ではなく、個人の権利を代表するものである必要がある。汎用的なデジタルアイデンティティが確立した社会では、パスポート番号(渡航権利あるいは発行国義務の保証)はそのIDに付随する属性になる。今も複数のパスポートを持つ人はいて、二重国籍を認める国と認めない国があるが、自然人という存在に照らして考えれば国籍など一つの属性に過ぎないことは明白である。国は論理的な存在でしかない。

『エストニアの電子IDカードが住所を記載しない理由』という記事で、マイナンバーカードに住所が印刷されていて誰でも読め、専用カバーで肝心の個人番号をマスクしているのに対比してエストニアでは住所はカードに記載されていなくて、逆に個人番号は誰でも読めるようになっている点に言及している。マイナンバーカードは自然人のデジタルアイデンティティを裏書きする制度ではなく、「マイナンバーは、社会保障、税、災害対策の分野で効率的に情報を管理し、複数の機関が保有する個人の情報が同一人の情報であることを確認するために活用されます」という管理のための制度だ(総務省のマイナンバー制度の説明)。住民基本台帳と結びついているので、実は個人ではなく住民票、世帯と結び付けられている。世帯は自然人にとっては今の属性に過ぎないのに自然人を世帯に属するものとして管理する支配者視点の仕組みになっている。その一点だけでも、日本のマイナンバーに将来性がないのがわかる。そもそももととなる法律は「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」だから、個人のデジタルアイデンティティの確立を目指すものではない。その根本的な部分に手を入れない限り、日本の電子政府などまともに機能するわけがない。マイナンバーのようにIDホールダー本人が自由に使えないような仕組みが成功するわけがないのである。頑張って普及させれば普及させるほど傷を深めるだけだろう。使って便利になる人だけが使えばよいのである(私自身はマイナンバーカードの恩恵は受けていて一定の満足はあるが、将来性は全く無いと思っている)。健康保険証を代替しようと思えば、健康保険証を扱う病院や薬局、カルテに至るまでマイナンバーが利用できなければいけないが「行政手続における特定の個人を識別するための番号」だと、用途ごとに限定解除しなければいけなくなり、行政の裁量権を拡大し効率を落とすだけのホワイトリスト方式だ。適用範囲を拡大するたびに制度の肥大化が進み、効率を下げていくことになる。元から変えなければ未来はない。

エストニアのIDは生誕とともに付与される。自然人に一意に割り当てられる番号である。誰の子であるかもその人の属性でしかない。もちろん、様々な行政上の管理情報は適切に管理されなければいけない。ここで、自然人とデジタルアイデンティティを結びつけた体型になっているエストニアと日本で決定的な違いが出る。エストニアではされにOnce Onlyという決まりがあって例えば、個人が住所を一度登録したら、他の行政機関から同じ情報を再度求めてはいけないルールになっている。日本では、何か行政手続きを行うたびに住所、氏名、性別や生年月日など様々な情報が求められるが、エストニアではそういう申請書類を作ったら、それ自身がアウトだ。他の組織はIDに基づいて住所を管理する行政機関に照会することになる。例えば、区民だけが利用できる区民プールという行政サービスを提供する場合、登録のために利用者に住所を求めてはいけない。IDで区民か否かを問い合わせられれば住所を聞く必要もない。生年月日だって、開示する必要はない。指定した日に成人かどうかを問い合わせられる仕組みがあれば、生年月日を知る必要はない。デジタル証明書の仕組みはほぼ同一だが、制度は天と地ほどの違いがある。日本の「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」は根本的に方向から間違っていると思う。

私はe-residentなので、エストニアのIDカードを所有している。それだけでは、納税義務も居住権もないが、創業の権利と義務は規定されている。そのデジタルアイデンティティを利用して、電子署名や相手を特定した暗号化サービスがID所有者の権利として事実上無償で提供されている。居住権が得たければVISAを獲得しなければいけない。当然、VISAには相応の義務が伴う。地域の行政サービスを受けるにはそれに相応する義務を果たさなければいけない。合理的だと思う。日本では、エストニアのe-residentのIDの法的根拠はないが、やがてEU諸国では一定の効力が認められるようになるだろう。EUではIDの相互運用がじわじわと進んでいるので10年もたてば、渡航時にはパスポートではなくエストニアのIDカードのほうが便利なシーンが増えているだろう。e-residency IDにパスポートは紐付いているので越境時もパスポートの提示は不要になるかも知れない。ただ、e-residencyの取得には各国のパスポートの存在が前提になっているから、日本政府が意地悪をすればあっという間に権利は失われてしまう。

デジタルアイデンティティに関しては中国の動きに世界の未来がかかっていると思う。現時点では、中国では人権は十分に守られていないが統制力が強いので政府が個を管理できるデジタル情報が着々と整備されている。私は、少し長い目で見れば、その延長線上に繁栄はないと思っている。ちなみに、中国籍のe-residentはこの記事の執筆時点で3,559人。日本の3,186人より少し多い程度。彼らには一定の自由があるが、たったの3千人、創業はたった216社だ(Total number of e-residents)。

私は現在70,344名のe-residentがまずは百万人(15倍)を超え、そしてエストニアの人口を超える日が来るのを楽しみにしている。もしその日が来たら、その後は、恐らく行政情報基盤はオープンソースで国から独立したものに進化していくだろう。その頃にはエストニアの豊かさも従来の先進国とは違う形で向上しているだろう。デジタルアイデンティティの進化で社会は大きく変わる。本格的な情報化時代への移行はまだ緒についたばかりだ。

もう一度、日本はエストニアの新しい制度・考え方に学んで、本当に良い未来を目指せたら良いと願っている。日本だけでしか通用しない制度に固執せず世界で通用する制度を作り上げたいものだ。工夫次第できっと良い未来を手に入れることができる。自分が生きている間にその景色を見たい。

Twitterシェア