金閣寺

金閣寺 読了。三島由紀夫の本を読んだのは初めて。様々な人が解説しているが、文の美しさと言うか、作者の美意識のすごさなのか、その小説の持つ力に圧倒された。1925年生まれだから、35歳年上ということになる。1970年に亡くなっていて、私は10歳。事件があったのは記憶している。子どもの私にとっては野蛮な人というイメージが定着し、それ以来著書を読みたいと思ったことはなかったが、昨今の右傾化がなぜ起きているかを理解したいという思いもあって手に取った。文章を読むだけでも、三島由紀夫の人の心を動かす力の強さが見えてくる。

読後にWikipediaの金閣寺放火事件を読んだ。主人公と放火犯は似た属性を持っているが、毒物の扱いなど異なっているところもあり、三島の美学に従って再構成したものと捉えるのが良いと感じた。

あまりに有名な本だし、あらすじに触れる必要性は感じない。心の動きをどう描いたかがポイントになる。恩田陸が巻末で解説を描いている中で「特に、私が痺れるのは第四章の終わりの一文だ。『そのとき一人の女がむこうから歩いてきた』」と書いている。史実ではないだろうが、なぜ犯行を犯したかを想像させるシーンの一つだ。三島自身もそうだろうが、誰しもコンプレックスは抱えていて、それが暴力的に心を支配することがある。何度も何度も乗り越えられても負けてしまうことがある。私は、それが破滅的な結果を倦まなければ良いと思うのだが、それを完成と考える人もいるのだろう。

この小説の最後は「生きようと私は思った。」である。金閣寺放火事件の犯人は服毒したし、後日三島は切腹したわけだが、小説金閣寺では三島は「生きようと私は思った。」と書いている。

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