先週2026年6月23日のUnited Nations Open Source Weekでの講演に関する記事「Freedom is Not Free: A Model for Open Source Sustainability(自由はタダではない:オープンソースの持続可能性のためのモデル)」(The Weekly Drop 737号)が強く印象に残っている。
記事の終盤に以下のように書かれている
公共機関や企業ユーザーにとって、持続可能な利用基準は、以下の3つの実践によって定義される必要がある。
- 1つ目は、利用する(オープンソース)プロジェクトに持続的に参加するベンダーを選ぶことです。
- 2つ目は、すべての契約にオープンソースの保守に関する明確な項目を含めること。これは、無償で保守を行っている人々の負担を軽減するための費用回収策となる。
- 3つ目は、機密性の低いバグ修正と機能すべてを、タイムリーに上流リリースすることを要求することです。
これらの基準が確立されることで、オープンソースプログラムオフィスは調達担当者と連携し、購入時点で真の開発者と不正利用者や偽物を見分けることができるようになります。そして、公的調達の市場形成力によって、「公的資金、公的コード」が規範として定着するのです。
私は、特に2つ目の保守契約を重要視している。
Drupalを用いてプロフェッショナルサービスやホスティングサービスを行うベンダーは保守活動に費用がかかる。CoreやContribution module等のアップデート作業はもちろん、SLAにもよるが、アップデートによってシステムのデグレードが起きないかチェックしなければならないし、リリース後であってもCoreやContribution module等に不具合が見つかることはあるから、issue化、あるいはpatchの作成しissueでも提案を行っていく必要がある。それでもFOSSが優れているのはそれらの動きが開示されていて、それ故、多くのユーザーやメーカー(プログラマー)の協力を得て、基盤となるソフトウェアが継続的に高品質化していくところにある。
公共機関や(社会的責任を担っている自覚のある)企業ユーザーは基盤となるソフトウェアの持続的成長は極めて重要である。EUがDrupalを積極採用しているのは、DrupalがWeb作成ツールではなく、本格的なコンテンツ管理システム(CMS)だからであり、かつNPOが管理するFOSSであることだ。IT分野ではアメリカが商用分野では圧倒的な力をもっており、最近のClaude Mythosのライセンス停止など、国家や企業にとって重要なシステムが私企業や国家によって権利保有されていて代替手段がないのは極めて危険である。Microsoft Officeの互換FOSSの話も動いている。Googleが突然サービス価格をオイルショック並みに値上げしたら、とんでもないことが起きるだろう。だから、引用記事にあるような発注者側のFOSSへの参加を常識化することは博愛精神ではなく、自らの持続性を確保するために協調が合理性を持つのである。
ただ、SDGや地球温暖化対策のようにただ乗りを良しとするトランプのアメリカの勢力の出現は避けられない。それでも、やれることがないわけではなく、その一つの方法が保守契約でFOSSに関する関与を成文化することだ。
今後設立できるであろうLocal Drupal Association Japan(以下LDAJ)がユーザー・ベンダー・LDAJ間の契約書テンプレートを制定して、ユーザー・ベンダー間の契約コード(案件名や規模等は不要で何らかの特定の契約があることだけが分かれば良い)と最低貢献率を定められれば良いと思う。同時にベンダー・メンテナ・LDAJ間の契約書テンプレートを制定して、メンテナのコストの一部または全部あるいは利益を含む額をLDAJ経由で支払うことが可能となる。ベンダーとメンテナが主要な競合会社となるケースもあるだけに、競合会社がメンテナであるプロジェクトの採用が躊躇われるのはもったいないことだ。FOSSの健全なエコシステムの形成にはLDAJのようなNPOの存在はかなり有効に機能するだろう。
もちろん、Drupalプロジェクト全体として、高い品質を保ち、持続的な改善が機能していることが大前提となる。
LDAJが持続性を確保して、The Weekly Dropのスポンサーの一法人になれるのが望ましいとも思う。今回の引用はArticlesセクションの記事の一つだが、日本からも発表が出せるようになったらすばらしい。また、LDAJが先行してFOSSの健全なエコシステムが機能することを実証し、DAレベルあるいはFederatonレベルで同様なエコシステムをさせられるようにできれば、Drupalプロジェクトへの大きな貢献になるだけでなく、世界レベルでの独占による弊害の解消に貢献できることになる。
自分が出せる力はわずかだけれど、きっとこの動きを進めることは「善いこと」だと思っている。