新版 企業の人間的側面

日経新聞の『トランプさん、日本に任せて 東原・日立製作所会長』(2025年1月4日)を読んで、マクレガーの「XY理論」が知りたくなって、原本「新版 企業の人間的側面」を図書館で借りてきて読んだ。出張移動中に時間があったこともあり、6時間ほどで一気に読み進んだ。古い本なので、言葉や表現が昭和を思わせるものがあるが、今読んでも新しいと思ううことがあった。改定初版が1970年だから、55年前の本。私がまだ小学生だった頃に刊行されたものだ。

大量生産型製造業がモデルになっていて、労使が完全に分離していて、現場の人は機械のように使うことで、生産性を極大化しようというアメリカ型の経営スタイルに対するアンチテーゼを提唱している。X理論が性悪説型、Y理論が性善説型といって良いだろう。恐らく、日立の経営者はX理論はアメリカから学んだものの、トヨタ同様、現場重視の自律的プロセス改善は行われていただろう。日本では話せば分かるが、国によっては働き手が、労働者は性悪説的に管理され、抜け穴を見つけて隙あらばサボるのがあたりまえと思い込んでしまっているケースもある。そんな人達の集団で現場重視の自律的プロセス改善は機能しない。とはいえ、生産性を継続的に向上させるマネジメントサイクルを回すためには現場での自発的な改善活動が機能する方向に向かわなければ競争力は確保できない。外国籍社員6割ともなれば、X理論、Y理論併用で職場単位でのどのレベルでどちらを適用するかバランスを取らないわけにはいかないだろう。

私は、X理論、Y理論という言葉は聞いたことがあったが、原本(翻訳)は読んだことがなかった。本書では以下のようにまとめられている。

X理論

① 普通の人間は生来仕事がきらいで、なろうことなら仕事はしたくないと思っている

② この仕事はきらいだという人間の特性があるために、たいていの人は、強制されたり、統制されたり、命令されたり、処罰するぞとおどされたりしなければ、企業目標を達成するためにじゅうぶんな力を出さないものである

③ 普通の人間は命令されるほうが好きで、責任を回避したがり、あまり野心をもたず、なによりもまず安全を望んでいるものである


Y理論

① 仕事で心身使うのはごくあたりまえのことであり、遊びや休憩の場合と変わりはない

② 外から統制したりおどかしたりすることだけが企業目標達成に努力させる手段ではない。人は自分が進んで身を委ねた目標のためには自ら自分にムチ打って働くものである

③ 献身的に目標達成につくすかどうかは、それを達成して過る報酬次期(筆者注:報酬は達成感や自己実現欲の充足など)である。

④ 普通の人間は、条件では責任を引き受けるばかりか、自らすすんで責任をとろうとする

⑤ 企業内の問題を解決しようと比較定高度の想像力を駆使し、手練をつくし、創意工夫をこらす能力は、たいていの人に備わっているものであり、一部の人のものではない。

⑥ 現代の企涙においては、日常、従業員の知的能力はほんの一部しか生かされていない


職務記述書や、昇格要件に資格を要求したりするのはX的だ。ある程度の規模になれば、基本形と最大公約数(必須部分)は中央で定義しないわけにはいかない。Y理論を考慮すれば職場の状況によって、オプション部分の一部を特定事業場では必須要件にしなければ現実的ではないケースはでる。スタートアップ企業では、だいたいすでに相当なレベルのスキル・コンピテンスを持っている人の集団なので、働き手の要件定義をする必要はない。しかし、採用を拡大していく過程で、どうしても要件を定義しなければならなくなる。会計情報を含めて計測・管理も避けられなくなる。それはしょうがないことだ。日立もきっと国外の事業場を機能させるために相当苦労しただろう。きちんとした管理スキームを確立しつつ、Y理論的、性善説的な自主性、自律性を重んじる文化を大事にしているように見え、そしてかなり成功しているように見える。歴史の長い会社とは思えない凄さを感じている。

管理にはコストがかかるが、管理しないことによってロスするコストもあるから、合理的に評価して判断しなければ結局損をする。だからスタートアップの場合、時期が来たら経営者が自ら職務要件等を作成しなければいけない。現場の長(管理チーム)は、経営者が定義した要件を理解し、本当の現場の人たちに説明できないといけないので、技術も経理も人事も程度の差はあっても分かっている必要がある。これが結構難しい。大きな会社に勤めた人であれば、マニュアルがあったり相談できる本部スタッフがいたりすることで、軽減されるが、例えば子会社の社長を引き受けるとすると、相当の努力と能力が必要になる。一方、ベンチャーだと、技術的な能力と技術営業能力が圧倒的に重要だから、(社会)科学的経営管理が必要になっても通常は、そのレベルの理解に達するだけの余力がない。もちろん、創業社長は金繰りにも苦労するから、見様見真似であっても苦労しながら一定の理解を獲得している。しかし、例えば経理や人事あるいは総務の分野では、中途入社の一般社員にかなわない。大会社、ベンチャー会社を問わず、拡大期(子会社や事業場の新設などを含む)には、いわゆる上場会社のベストプラクティスを学びつつ、さじ加減を決定しないわけにはいかない。特に、撤退を含むリスクを織り込んだ計画を作成しておかないと、時に大きな痛手になる。

例えば決裁権限規定などは典型例で、権限を明確化すると、自分の見るところだけを見れば良いと考える人が出てきてしまう。Y理論的に関与している人全てが一定のレベルで責任を負う覚悟ができていないと硬直化が進んで効率が悪化する。権限を明確化しないとなにもかにもがトップレベルに上がってきてしまうので、そんな状態で効率的な経営ができるわけがない。

本書は、現代においても経営者の基礎知識として必ず読むべき本と言えると思う。管理者の育成の章では、経営者が現場管理者が機能しているかアセスメントできるヒントも書かれていて、実用性も高い。ワークシートやプロセステンプレートは経営コンサルやそういう会社から買えば手に入るが、その前に理屈は学んでおかないと魂は入らない(例外的な天才はいるが…)。ぜひお薦めしたい書籍である。

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