Safe Cities Index 2021

Safe Cities Index 2021の日本語版PDFを読んだ。英語版も参照した。「ポストコロナ時代に求められる新たな包括的アプローチ」という副題がついている。英語版の副題は"New expectations demand a new coherence"で直訳すれば「新たな期待は新たな脈絡を求める」となる。2つのレポートは、同じものなのだが、言葉の使い方が違うので、時々同じものとは思えない感じがする場所もある。ともあれ、とても興味深かったので、一読をお奨めする。

ネットに流れてくる記事では、総合評価1位がデンマークのコペンハーゲンになったことと2019年度は1位だった東京が5位に落ちたことがキャッチーに書かれているが、レポートを読んでみるとランキングより論点のほうが興味深い。ちなみに、上位10都市のコペンハーゲン、トロント、シンガポール、シドニー、東京、アムステルダム、ウェリントン、香港、メルボルン、ストックホルムの内、行ったことのある場所は6割。自分の個人的な経験では、その6都市にはそれぞれ特徴があるが、それは特徴であって全体として上下がある気はしない。

一方で、サイバーセキュリティ(Digital Security)では、シドニー、シンガポール、コペンハーゲン、ロサンゼルス、サンフランシスコ、ニューヨーク、アムステルダム、ウェリントン、シカゴ、フランクフルトとなっていて、アメリカの4都市が含まれていて東京は20位。スマートシティーの推進とサイバーセキュリティの確保が連動できていない点が指摘されている。スマートシティは新しい分野で、まだ都市単位で挑戦している段階だから目に見えるスマートさが重視され、データセキュリティ対策は遅れているようだ。なんとなく、スーパー林道を想起させるものがある。できたてはとても立派なのだが、たくさんの車が通れば劣化して環境破壊だけが残ってしまったケースがある。伸び基調の時は、先行する場所はあってもやがて津々浦々に同等の品質を提供することを想定した整備が進むが、スマートシティは人口の奪い合いの競争手段となっている。脆弱な基盤の上に作られた都市は、まさに砂上の楼閣となる。デジタル社会には物理的な国境は存在しないから、サイバーセキュリティ基盤は本来国単位で整備するのはふさわしくない。今の順位は一時の姿と考えるのが適切だと思う。まだこの分野のリーダーがどうなるかは分からないが、私はバルト三国に期待している。大国、大都市が主導権を取ろうとすると独裁的な弊害が出る。

医療・健康環境の安全性では東京がトップでスコアの差も大きい。この数字は直感にあう。ただ、その背景に日本津々浦々に皆保険と上質な医療を提供しようという意志があって、その上に成り立っていることを忘れてはいけないと思う。この分野ではなぜかコペンハーゲンは26位で決して高くない。今年のレポートはどうしてもCOVID-19に引きずられるところがあるが、ポストコロナ時代を迎えれば医療保険制度の再考が始まるだろう。EUでも医療保険制度は国によって考え方が違う。世界共通になる部分と地域に即した違いがこれからどう変化していくか興味深い。まず自分の周りの火を消すというところから始めるのは自然なことだが、やがてより鳥瞰的な動きが必要になる。改めて、デジタル・ガバメントの姿が問われることになるだろう。

個人の安全性も興味深い項目で、COVID-19で詐欺犯罪が増加していると言う。オンライン化が人の目、目に見えない形での犯罪の増加につながっているようだ。この分野の動きを見ていてもデジタル時代は新たな社会規範の構築を求めているといえる。

5つの分野の残り2つは、インフラの安全性と環境の安全性。インフラの安全性の結果指標としては、交通事故による死亡者数、気候災害による死亡者数が上げられていて、災害保険や災害リスク情報に基づくプログラム開発も含まれている。これら2つは長く構築されてきた物理インフラと公害対策の進化系という感じ。

改めて"New expectations demand a new coherence"を読み直すと、「新時代の安心・安全を実現するためにはデジタル時代にふさわしい新たな規範が必要となる」という意味を持つのだろうと思い至った。直接目に見えないところで激変が起きている。物理的インフラや環境の重要性は失われることはないが、激変期を過ぎてから振り返れば、デジタル・ガバメントの巧拙が安心・安全のレベルを決めたことに気づくだろう。

少なくとも、サイバーセキュリティは国を単位とした安全保障のコンテキストで考えるのではなく、個人を単位とした人権保証で考えないと道を間違えると思う。

※画像は、Safe Cities Index 2021から引用したホワイトペーパーの表紙