2021年8月4日のWHOの記者会見とそれに対するNY Timesの記事、日経の記事を比較すると興味深い。
日経の書き出しは以下の通り
【ニューヨーク=野村優子、ロンドン=佐竹実】世界保健機関(WHO)は4日、新型コロナウイルスワクチンの追加接種(ブースター接種)について、9月末までは中止すべきだとの見解を示した。欧州や中東の各国・地域がブースター接種に動いており、新興国や発展途上国でワクチン不足が加速するとの懸念が広がっている。
NYタイムズの書き出しは以下の通り
The World Health Organization called on Wednesday for a moratorium on coronavirus vaccine booster shots until the end of September, so that vaccine supplies can be focused on helping all countries vaccinate at least 10 percent of their populations. The agency made its appeal to the world’s wealthiest nations to address the wide disparities in vaccination rates around the world.
WHOは水曜日に、3回目のワクチン接種(ブースターショット)を9月末まで延期するように求めた。そのワクチン供給があれば、世界人口の一割以上にワクチン接種できるからとした。 WHOは、富裕国に対しワクチン接種率格差を解消するよう訴えた。
記者会見の結論部は以下の通り
We call on vaccine producers to prioritize COVAX.
And we call on everyone with influence – Olympic athletes, investors, business leaders, faith leaders, and every individual in their own family and community – to support our call for a moratorium on booster shots until at least the end of September.
At the same time, we must all remember that vaccines are not the only tool. Indeed, there is no single tool that will defeat this pandemic.
We can only defeat it with a comprehensive approach of vaccines in combination with the proven public health and social measures that we know work.
ワクチン生産者にCOVAXを優先するように要請する。
影響力のある方々、例えば、オリンピック選手、投資家、経営者、宗教指導者、家族や地域に属する人々などなどに、少なくとも9月末までブースターショットの延期を要請する。
また、武器はワクチンだけではないことを銘記しておきたい。このパンデミックを打ち負かす銀の弾丸は存在しない。
このパンデミックを収束させるためには、既に確立済みの公衆衛生に関する行動や(マスクやソーシャルディスタンス等の)社会的指標をワクチンと組み合わせた包括的なアプローチを取るしか無い。
ここまでを見ると、あまり違わないようにも見えるが、私はNYタイムズの記事の最後に書かれている部分が印象に残った。
The pandemic will not end “unless the whole world gets out of it together,” Dr. Aylward said. “With the huge disparity in vaccination coverage, we are simply not going to achieve that.”
「ワクチン接種の巨大な格差がある限り、パンデミックから抜け出すことはできないだろう。なぜなら、全世界が一緒になって克服するしか無いからだ。」とDr. Aylward(WHOの上級顧問)はコメントした。
Tedros氏あるいはDr. Aylwardの視点は本質的で、感染力の強いウイルスでエピデミック(地域感染爆発)がある限り、変異株が発生するからそれが一旦ワクチンで制圧したかのように見えた地域に再び驚異となる。つまり「全世界が一緒になって克服するしか無い」は自明な事実である。日経の記事は補足情報を付加して良く書かれていると思うが、なぜWHOが要請したかを公平性に基づくものと解釈しているように読める。一方で、NYタイムズの記事は、パンデミックを抜け出すために必要なことだから要請していると読める。WHOの立場を考えると、結果を出すことが重要だから公平性より実効性の方を重視するのが自然で、COVAXの推進がパンデミック解消の近道だと考えているのだろう。
一方、各国の政府は民主主義が機能していると世論あるいは票を強く意識する。だから、ブースターショットで感染数や死亡者数が抑えられるのであればそれを推進するのは自然なことだ。現実的には現時点ではワクチン無しで感染減は期待できないから、何とかして確保しようとするのは当たり前のことだ。
全体最適施策と局所最適施策はしばしば相反する。どうバランスを取るかにストレートな答えはない。
Tedros氏ははっきり言えば、経営者は会社に人を集めたり顧客との接触機会を減らせ、牧師や神父などの宗教指導者は会堂で集会をやるなと求めているのである。それは人の命を守るための助言だが、価値観は人それぞれ違うし、感染は確率的事象だから抜け駆けは短期的には有利に働くことが多い。私は環境適応に全力を尽くすべきだと考えるが、そう思わない人は少なくない。ひょっとするとその方が多数かも知れない。
報道の役割はとても大きいと思う。
Tedros氏は「このパンデミックを収束させるためには、既に確立済みの公衆衛生に関する行動や(マスクやソーシャルディスタンス等の)社会的指標をワクチンと組み合わせた包括的なアプローチを取るしか無い(萩原意訳)」と言っている。日本政府のようなワクチン一本足打法もオリンピックで人を集めるような政策も名指しはしないがダメだと言っているし、私はその手法は確からしいと思う。一方で、何らかの理由でオリンピックの中止を主張するのは適切でないと考えたのだろう。その理由を知りたいし、報道機関に追求することを期待したい。行政機関も完璧ではありえないから、原則を貫くことにも限界がある。それは許容しないわけにはいかないが、事実が明らかになれば次の手が打てる。私はその実現が報道機関(あるいは野党)の使命だと考えている。
パンデミックを乗り越えるためにどういうオプションがあって、何を選ぶのかは本来主権者が判断すべきことであり、それに必要な情報を収集して開示するのは行政の使命である。報道は、行政がその機能を果たせているかを厳しく追求できなければ存在価値がないと思う。
事実を把握した上で、全体最適施策と局所最適施策が相反することも理解した上で、何を選び取っていくのかを決めないといけない。お上任せにしてはいけない。
※画像はNYタイムスの記事から引用