中国語の違和感喪失あるいはFactfullness

hagi2020/06/21(日) - 18:13 に投稿

私は谷中界隈に住んでいるが、今日よみせ通りを歩いていた時に親子で中国語の会話があった。

ふと思い起こすと10年ほど前は、観光客はともかく住人はなんとなくひそひそ話状態だった気がする。今、コロナ禍でストレス下にあるのに、屈託なく中国語で話す親子の会話を耳にして、ああ、世の中は良くなっているのだなあと思ったのであった。

いわれなき(物理的でないものを含む)暴力は、なんだかんだ言っても減っているのだろう。それは、逆に言えば、特別な配慮が失われることでもある。改めて第三号被保険者の事を思った。恐らく、廃止されないといけないのだが、依然として日本には家長制度が残っているので単純に廃止すれば悲惨が待っている。

まず、保守政党を駆逐しなければ未来はないのかも知れないと思ったのであった。

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